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ずっと会いたかった夫のゴッドマザー(後編)

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ずっと会いたかった夫のゴッドマザー (後編)

 

ジャネットはとっても興味深い生き方をしているので夜遅くまで、そして朝早くから、ずっと質問攻めにしてしまいました。彼女も、それが楽しいようで、面白おかしく自分の人生を話してくれました。

なぜ、ジャネットは米軍初の女性パイロットになったのでしょうか? 子供の時から鳥に憧れていたそうです。
夢は鳥になって空を飛ぶこと。。。

勤労学生だった大学時代に真珠湾攻撃のニュースが流れました。
ジャネットが家に帰ると、海軍をリタイアしたはずのお父さんが制服を着て、

「でかけて来る。」

と言い残したまま2週間も帰ってこなかったそうです。
当時はそれほど、真珠湾攻撃が衝撃的だったのです。

しばらくして、大学のそばのコーヒーショップで夫の母親を含む女友達とお喋りしていた時、周囲に男性が1人もいないことに気付きました。
男はみ~んな、戦争に行ってたのです。

「私もアメリカ合衆国のために戦う!」

と立ち上がって大演説を初めてしまったのよと笑いながらジャネットは言います。
70年以上も前の話しです。

しばらくして、新聞に空軍が女性パイロットを養成するという記事をみつけ、この機会を見逃すわけにはいかないと夢中で試験を受けたそうです。

中学時代までは近視でメガネをかけ、「4つの目」というあだ名がついていたジャネット。
そのあだ名が嫌で嫌で、自己流の目の体操をして近視をなおしちゃったそうです。笑。
視力のテストも合格し、見事に40時間の訓練も終えました。

子どものころからの夢、「鳥になる。」を叶えたのです!

卒業した後は指導官として、女性パイロットを育てました。
乗っていた飛行機は日本のゼロ戦のモデルになった264。
アクロバットがしやすい機体で、やんちゃなジャネットには、うってつけだったみたい。笑。

 ディズニーがジャネット達、初の米軍女性パイロットのキャラクターをデザインしたみたいです。 いつか、ディズニー映画となって若かりし頃のジャネットが登場するかもしれませんね。

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女性はテスト・パイロットのまま、戦場に出ることはなく終戦を迎えました。
男達が戻ってきた後は全員が職を追われたそうです。
ひどいでしょ~! そんな時代だったのですよ~。

その後、ジャネットは陸軍の軍人と結婚し、2人の女の子に恵まれました。
でも、その結婚は試練の連続だったようです。
彼女の夫となった人は空軍パイロット志望だったけど、視力で入隊テストを落ちたのです。
だから、空軍パイロットだった彼女に焼きもちを焼き続けちゃったようです。

 ジャネットはせっかく一緒になったので最後まで成し遂げようと、夫と同じカトリック信者になり、ローマに駐在した時は厳しさで知られるローマ・カトリック教会にも一緒に通ったそうです。
それはそれで、楽しい冒険だったとか。

数十年頑張ったけど、とうとう62才の時に離婚します。
それから、ずっとやりたかったスカイ・ダイビングを始めたそうです。
ジャネットは、やっぱり「鳥」でいたかったのですね!笑。
飛んだ回数は100回!
うちの夫も一時期はまって、300回以上も飛んでいるので、2人の話が弾むはずむ!

そして、70才手前でジャネットは大学院に進み勉強に励みます。
何か生きる目的、心のよりどころを見つけたかったようですね。

10年間、様々な教会にも通ったそうです。
そして、最後にみつけたのが、サティヤ・サイ・ババが書いた1冊の本。
表紙を明けると、

「すべての人を愛し、すべての人に奉仕せよ」(Love All, Serve All)

宗教や人種にとらわれることなく、全ての人を愛し奉仕すべきというその教えを知った時、これだ!と思ったそうです。

しばらくは、アメリカ本土のアシュラムに住んでいたらしいけど、物質量と情報量の多さに信念に集中するのが難しいと感じ、シンプルに暮らすためにインドのプッタパルティのアシュラムに移住しました。

「スピリチュアル」って言葉を良く聞きますよね?

私は、正直、理解できないでいたのです。

宇宙に感謝。。。宇宙になになに~って、良く聞きませんか?
 宇宙って果てしないし、触ることもできないし、実態が全く掴めないものですから。。。私にはね。
考えるだけで気が遠くなって気絶しそうになるのです。笑。

 自然を大切にしようとか、全てのものには魂、心があるとは子供の頃から思っていて、携帯にも「アリス」、今の車の名前は「ジョニーG]、何かと話しかけています。
だからかな、ハワイアンの考え方にもすんなり馴染むことができるのかな。

ジャネットも一緒で、スーツケースの中のものを探す時、
「大丈夫、ここは安全よ、だから隠れなくていいの、出てらっしゃい。」
と声をかけるのです。

 もう1つ、私が今まで良く理解できなかったのが「瞑想」。
 我が家の事を”ZEN HOUSE”と呼んでいるくらい、いるだけで心が落ち着く私が大好きな場所。それでも気分転換が必要な時は近所を散歩するとパワーがみなぎります。
それをジャネットに伝えると、それでいいのだと言ってくれました。
 座禅は組まなくてもいいのだと、普段の生活の中で瞑想は出来るのだと。

彼女と過ごした1日で、今まで謎だったスピリチュアルが少しだけ身近に感じるようになりました。

ジャネットが住む、プッタパルティのアシュラムには様々な人種と宗教の人がいるそうです。
教育施設や病院もあり、1つの街になっているみたい。
彼女は1人のインドの女の子が大学を卒業するまで学費の援助をしています。
頼んでもいないのだけど、その子の父親が何かとジャネットの身の回りの世話をしてくれるので、助かっているようです。
たくさんの本を読み、ヨガをして、色んな宗教のお祭りを楽しんで毎日を過ごしているようです。

話しがつきないまま?! 聞きたい事がまだまだあるのに?! とうとう、空港へ送る時間となりました。

木が大好きだというジャネット。
夫も私も大好きな場所、モアナルア・ガーデンにジャネットと行きました。
「日立の樹」の英語名は「ハッピー・ツリー」。
たった1本の木が、毎日1000人以上もの日本人観光客をつれてくるのだと彼女に説明すると、ジャネットが木に話しかけました。

「お元気ですか?美しく立派に育っていますね。あなたの下にもぐることを許可してくださいますか?」

返事を待ち、一緒に木の下に入りました。

木の幹に近寄り、嬉しそうに、ずっと触っていました。
やっぱりジャネットは「鳥」なのですね。

別れる時に、夫と私に、

”You two have beautiful souls (あなた達2人の魂は美しいわね。)”

と言ってくれたのだけど、それはジャネットの子供の頃から、どんな時も、何に対しても精いっぱいに生きた真っ直ぐな魂に触れたから、私達の魂も輝きだしたのだと思います。

そんなジャネット、今ごろ、ハワイ島のヴォルケーノにほど近いマナ溢れる町パホアでお譲さん夫婦と日々楽しんでいることでしょう。
ハワイの歴史や伝説の本をいっぱい読みたいと言っていました。

ジャネットに又会いたいです。
それまで、どうぞお元気で。

皆さんも素敵な週末をお過ごしくださいね。
:)from your ♡

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2 responses to ずっと会いたかった夫のゴッドマザー(後編)

  1. 風祭さん、

    私は残念ながら、2年近く前に退社しています。今はこのように、主にライターの仕事をして、楽しく毎日を過ごしています。今回も、ハワイの滞在を楽しまれてくださいね。

  2. ayaさんご無沙汰しております。ヒルトンハワイイアンビレッジのノアノア店お会いしました。
    4月15日(火)~19日(土)で渡ハの予定で、ヒルトンワオコロア・ビレッジ2泊とヒルトンハワイイアンビレッジ&スパ2泊と忙しい旅です。18日にワイケレ・プレミアム・アウトレットに買い物予定しか計画無しで、のんびりする予定です。何時かまたお会いできればと願っております。  風祭健二

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