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ハワイ歩き方事務局
人気連載「フラ講義」

第29回 パレオの染め方&東海岸公演旅行日誌その4

投稿者: ハワイ歩き方事務局 更新日:2001年04月06日

パレオの染め方&東海岸公演旅行日誌その4


パレオを作りに行きました。初めてのことで、何を着て何を持っていけばよいのか、さっぱり見当がつかなかったので、汚れてもよい服 、Tシャツとショートパンツにスニーカーという作業風服装で出かけました。クリスマスツリーの配布の時は、Tシャツを松やにだらけにして台無しにしてしまいましたし、ラウラウ作りの時はルアウの灰汁で緑色に染めてしまったので、今回は染料で染まっても気にしない格好にしました。朝、フラシスターの家に集合し、6人が2台に便乗して出発しました。週末なのでフリーウェイは空いていましたが、時速95キロを維持しても島の西の端に位置するワイアナエまで1時間近くかかりました。州政府が開発を急いでいるカポレイあたりを過ぎると、のどかな郊外の風景が広がります。連休の中日だったので、海辺にはキャンプのテントやバーベキューセットが並んで、ゲームや海水浴を楽しんでいる人たちで賑わっていました。

作り方を教わるお宅に着くと、すぐ作業場である庭に通されました。各々が好きな型を選びました。私はイプとウリウリを選び、それにラウアエの葉 (本物) を合わせることにしました。デザインを考えて作業台の上に好きなように型を置いていきます。私の大好きなウルの型はなかったので次回は自分で型を作って持っていこうと思いました。

デザインが決まったら、布の色選びです。作業室の棚には、ブティックのショーケースさながら色とりどりのパレオがたたまれています。一言に赤色といっても、深紅からサーモンピンクやショッピングピンク、オレンジに近い色まで、微妙に色合いが異なるので、どれを取っても同じ色のパレオを見つけることはできません。染料を混ぜて好みの色を作ります。手染め特有の微妙な色を楽しむことができます。私は、2番目に好きなグレーに決めました。実は1番好きな色の黒で作りたかったのですが、ここで使う染料は化学薬品ではなくすべて植物からの自然な抽出物で作られているので真っ黒という色はできないのだそうです。たたんで水に浸しておいた布に染料を染み込ませて、しわがよらないように注意しながら作業台の上に広げます。

きれいに染め上げる必要条件は温度ではなく光なのだそうです。この日の太陽の光は最高、とのことでした。布の上に型を置いて行く時、数秒してから位置をずらそうと思ったら「時すでに遅し」で間に合いませんでした。「黒に近い色はすぐ染まる」という注意を実感しました。失敗のないように自分のデザインを頭に描いてから型を迅速に置いていくことが必要です。網をかぶせて台に固定させた後は太陽にお任せします。

布のサイズは2種類で、大きいほうは、パレオや小さ目のテーブルクロスなどに利用できます。部屋の色をコーディネートしている人はコンピューターカバーに使うのだと言っていました。小さいほうは、ビキニの上など体に巻くこともできるしコーヒーテーブルライナーなどにも使えます。後からやってきた2人が加わって5台の作業用机の上で8人が選んだ様々な柄と色のパレオが次々に染め上げられました。思い通りの色と柄に染めあがった私のオリジナルパレオに大満足です。

朝から雲一つない青空が広がり、外に立っているだけで真夏の日差しが肌をじりじりと焦がしていきます。作業していない人たちはビーチチェアに座ってスナックを食べながらワイアナエでの日光浴を楽しみました。ホノルルに戻る車中、半袖の日焼けの跡がくっきりと残った腕をうらめしく見ながら次回はタンクトップにしようと心に決めました。

(Kawailani)

東海岸公演旅行日誌その3
第7日目(ニューヨーク)
ニューヨーク最後の日は1日自由行動です。朝、現代美術館を見学して、現地に住む友人達とブランチを取り、ハラウの打ち上げパーティーをパスして、午後は別の友人宅でゆっくりくつろぐ予定になっていました。でも、ハラウがからむと、予定は変更するためにあるようなものです。

午前8時
現代美術館に同行したいと言っていたフラシスターからの電話で起こされる。今日のブロードウェイショーのマチネーチケットを買いに出かけるという。同室のルームメートを叩き起して待ち合わせのタイムズスクエアに出かけた。街角にごみが散乱していて喧騒の跡が見られるものの、マンハッタンの日曜日の朝はとても静かだ。朝霧が晴れて、かなりの速度で高層ビルの間から差し込んでくる朝日を見ていると、昨夜カーネギーホールに立ったことが夢のように思えた。案の上、チケット売り場は11時開店なので、4人で朝食をとることにした。

午前9時
ホテルの1ブロック先にある美術館の開館時刻まではまだ1時間ある。買い物に行くルームメートに誘われて、彼女の友人が運転する車に便乗した。まだ開いている店もなく、さらにマンハッタンでイベントが3つもありどこも道路閉鎖と交通渋滞で停車すらできない。結局、どこへも行けず車酔いで気分が悪くなっただけだった。

午前10時45分
やっと車から降りて美術館の1階から4階まで駆け足で見て廻りホテルまで走って帰った。

午後11時半
リンカーンセンター近くのカフェで学生時代の友人達とブランチを食べながら昔話に花が開いた。生後数ヶ月の写真でしか見たことがなかった友人の娘は11歳になり、長身の両親に似て私よりずっと背が高かった。もう1人の友人とは20年ぶりに会った。数日前、ギャラリーを見に行く場所をソーホーからチェルシーに変更したのも芸術家である彼女の推薦だった。旅行中は常時英語で会話をするので久しぶりの日本語の会話にほっとする。

午後1時半
ホテルに戻ると午後に会う予定の友人から「迎えが遅れる」旨の伝言が残っていたので1人でメトロポリタン美術館に行くことにした。

午後2時
地下鉄の駅まで歩く途中、カーネギーホール・ショップに寄った。ショップへ通じる重くて大きなドアを開けた途端、出てきたのは数時間前に別れたばかりのフラシスター達だった。友人がマチネーのチケットを買ってくるはずだから、というので何故か私も一緒に待つはめになった。

午後4時15分
街角で待つこと1時間45分、ようやく友人が手ぶらで現われた時は、すでに美術館の閉館時刻だった。近くて遠かったなあ、メトロポリタン。1人は買い物の続きに去り、残った3人でソニー・テクノパークに入る。アメリカの壮大な自然が映し出される大画面を前に20分間爆睡した。

午後5時20分
ニュージャージー州の友人宅に招待された。マンハッタンの喧騒から離れて閑静な住宅街でおいしい鉄板焼きとティラミスをごちそうになった。

午後10時半
車で送ってもらってホテルに戻った。明日ホノルルに戻るフラシスターが父親のお墓に供えたいというのでヨーコ・オノさんから頂いた花束を手渡した。時計を見ながら今日はよく走ったけど、懐かしい顔ぶれに会えた楽しい日だったと一日を振り返る。

第8日目(ニューヨーク~フィラデルフィア~ランカスター~DC)
ニューヨークから直接ハワイに戻る人達が空港に出発した午前4時頃、私達の部屋には該当者がいないので全員熟睡していました。見送りに出た人たちから「嬉しそうに帰って行った」と聞くと「私も一緒に帰りたかった」と皆口々に言い出しました。この時点でホームシックになった人たちも多かったのですが、旅行は中盤に差し掛かったばかりでした。

午前7時
ホテル裏口にあるバス乗り場に荷物を持って集合した。ベルボーイはたった3人だけで、1時間以内に140人 (1人2個と見積もって280個) 分のスーツケースを荷物用トラックに積み込むのは到底無理なので、結局自分達で運ぶことになった。個人の荷物のほかに、衣装ケース、レイを運ぶクーラーボックス、舞台を飾る装飾品の数々をダンサー達で手分けして運ぶ慣れた手順にベルボーイも感心していた。

午前10時
各自ニューヨーク最後の朝食を取り、出発予定時刻を1時間オーバーして観光バス3台でマンハッタンを後にする。悠長な気分に浸る間もなく眠りについた。

午前11時
ドライバーの大声で目覚めた所は、フィラデルフィア。街のどこに降ろされたのかもわからないまま1時間半の自由行動の間に昼食を取ってまたバスに集合しなければいけない。トロリーは1時間半かかるというのでフラシスターと一緒に30分間観光コースを選んだ。オールドタウンを馬車でゆっくり廻った。次に観光名所リバティベル (自由の鐘) を見てから昼食を買ってバスに戻った。買ったばかりの腕時計やアクセサリーを見せ合っている人たちもいた。

午後1時半
バスが1時間も遅れて来たので皆が楽しみにしていたフランクリンミルモールに寄る時間がなくなった。不平不満が続出したので急遽小規模のロックスベルアウトレットへ行くことになった。

午後4時
アウトレット出発。買い物を見せ合う人たちでバスの中は騒然としている。

午後4時半
ランカスター着。私の好きな映画「目撃者」の舞台になったアーミッシュ村は今回の旅程で1番楽しみにしていたのに観光の時間はなくなった。でも誰も不平を言わない。買い物のほうがプライオリティーが高いらしい。

午後5時半
グッド&プレンティーファミリーというレストランで、その名の通りおいしいアーミッシュ料理を沢山食べた。店の人たちの心温まる歓迎に感謝の意を表してダンサー全員でフラを踊った。

午後8時半
店を出てバスまで歩く途中アーミッシュの老人が馬車で畑を耕している姿に出会った。肖像権の根付いた文化背景のせいか、普段は写真好きの人達も敬意を表して撮影を自粛していた。

DCの部屋でルームメート達と

午後10時
DCとはポトマックリバーをはさんで対岸に位置するアーリントンに到着した。全室ツインだったニューヨークのホテルでは宿泊する人数により個人の費用が異なるけれど、ここでは部屋の広さにより宿泊料が分かれているので、私は「格安4人部屋」を選んだ。長期滞在者用のホテルだけあってキッチン設備も充実していた。3人はベッドを使い、私はソファで寝ることにした。

午後10時半
荷物を広げて洗濯室に向かった。3フロアーの6台ともすでに先客がいた。長い間蒸し暑い部屋でじっと待って午前3時にやっと就寝した。

* アーミッシュとは元来ドイツの宗教の一つで自給自足を送る人達のこと。現在でも、電気、水道、テレビ、自動車などの文明とかけ離れた生活を送っている。それでも最近は観光客が文明を持ち込むので村を去る若者達が多く慣れない自動車事故やドラッグに巻き込まれる問題が生じている。

第9日目(DC)

午前6時半
このホテルには朝食が無料でついている。モーテルに較べて種類が豊富なので、各部屋に台所がついているもののいつも満席だった。

午前8時半
一日市内観光に出発。3台のバスはそれぞれ別のルートを取る。

午前9時
ホワイトハウスツアー。以前、個人で訪れたときは数ブロック先まで長い列を並んだけれど、団体の場合は事前に社会保障番号を提出して素性を調査されているので並ばずにすんだ。

午前10時45分
キャピトル (国会議事堂) 着。館内ツアーはハワイ出身のガイドさんに連れられて廻る。各州から見学に来る団体に合わせて地元出身のガイドを揃えているらしい。 天井の壁画にはハワイとアラスカが描かれている。11日に私達が踊ることになっている彫像の部屋を見学した。キャピトルには各州から2つずつ彫像を提出していてハワイ州からはキング・カメハメハとモロカイ島でハンセン病に生涯を捧げたベルギー人のダミアン神父が飾られている。

午後1時
ミールクーポンを手にしてユニオンステーションで昼食を取った。ニューヨークで行けなかった目当ての店を発見したルームメートは食事もそこそこに買い物に出発した。長蛇の列の先で客が1ドル貸してくれとキャッシャーに頼んでいた。冷たい態度をとる人達の中で「ぼくが払うよ」「ぼくもあるよ」と優しい声をかけたのはハラウのフラブラザー達だった。なんだか身内意識で嬉しくなる。

午後2時
再びバスで出発。例の店で200ドルだの250ドルだの使った彼女達は満足げだ。

午後2時半
バシリカ到着。ボランティアの説明を1時間半聞きながら歩いて足が痛くなった。

午後4時
手荷物検査とレントゲン検査を受けて州議員ビルに入り、他のバスの人達と合流するためロビーで待つことになった。今日の観光ツアーの主催者であるハワイ州選出議員ダニエル・アカカ氏と記念撮影の後ホテルに戻った。

午後7時
日本の勤務先からDC郊外の大学に研修に来ている友人がホテルに迎えに来てくれた。郊外の日本食店で魚の味噌焼き定食を満喫した。

午後10時
プレはクムの部屋で行われた。明日は1日自由行動の日だったけれど、昼間ホテルでリハーサルを行うと告げられた。DCでの公演は3日あってまだ何を踊るか知らされていないので当然と言えばそれまでだけど、せっかく楽しみにしていた博物館に行かれないかもしれないと思うとちょっぴり残念。

この記事が属するカテゴリー: カルチャー, フラ
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