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Eriko
人気連載「AuntyAYAのKILAKILAハワイのおしゃれトーク」

第7回 アンティ・ルアナにインタビュー(前編)

投稿者: Eriko 更新日:2017年12月02日

Aunty Aya's Kila Kila Hawaii: vol.7

AuntyAYAのKILAKILAハワイのおしゃれトーク

私は商社OLとして社会人デビューをし、バブリーな時代を過ごしました。その頃は、鞄などのブランドにもこれしか持たないという強いこだわりを持っていました。しかし、阪神大震災を経験し、価値観がガラっと変わりました。お金を出さなくても良いものはあると気づいたのです。お金をつかう喜びよりも自然の中で得る喜びを楽しむようになりました。若かりし頃にかじったヨットに熱中をしたのもこのころ。そのヨットの縁でハワイに住むことになりました。自分の心の変化とともに生き方が変わり、自然の流れでハワイに住むことになったのだと思います。

Myハワイで「恋するハワイのおしゃれ術」の連載をしたのは、なんと8年前! 今回「キラキラ(KILAKILA)ハワイのおしゃれトーク」を開始することとなりました。KILAKILAとはハワイ語で「壮大な」という意味です。ハワイの自然に密着したライフスタイルとファッションを少し掘り下げてお伝えできたらな〜と思っています。

アウトリガーホテルズ&リゾートのハワイアンカルチャー部長

私が旧ノアノア・ビーチウォーク店勤務時代にお世話になったのが、アウトリガーホテルズ&リゾート(以下アウトリガー)のハワイアン・カルチャー部長のアンティ・ルアナ。ご存知の方も多いのでは? 

今年の夏に開催されたイベント、「アロハ東京」には私もノアノアの代表として参加させていただいたのですが、ルアナさんもアウトリガーのブースにいらっしゃいました。 アウトリガー リーフ ワイキキ ビーチ リゾートのカ・ニカ・ピラグリルに出演しているミュージシャンたちに、ノアノアの衣装を提供させていただいていました。もちろんアンティ・ルアナもノアノアの長いお客様。だから意気投合したのです。

アンティ・ルアナはハワイの文化を知るにはレイは欠かせないものだといいます。生花を手で紡いだレイのプレゼントって最高の贈り物だと思いませんか? そのレイを人にあげる習慣はどこからきたのかお聞きしました。

昔むかし、ハワイでは男たちは食料を探しに山に入りました。その途中、美しい草花を見つけたものです。母親を含む大切な女性にお土産として、その草花を持って帰ったそうです。収穫した獲物や食べものを両手に持っていたので、草やシダ、つるを編んで花をさし首にかけて帰ったそうです。村に戻るとそのレイを自分の首から外し相手の首にかけてあげたとか。今でもよく見る光景ですね。なので、レイは男性から大切な女性への贈り物としてはじまったそうですよ。

アンティ・ルアナのお父様は14人兄弟の長男だそうです。そのうち9人が男の子。みんなアメリカンフットボール(以下アメフト)の選手で食欲旺盛、食料を調達するのも大変だったとか。その9人とも女の子のお誕生会に頻繁に招かれたそうです。学校の人気者だったからだけど、もう1つ理由があったのです。

お祖父様はプルメリアの木を庭に数本植えていたそうです。パーティーに招かれると息子たちにレイを2つ作らせてプレゼントとしてもっていかせたそうです。1つは家主に、もう1つはお誕生日の主へと。女の子たちはお祖父様が植え、大切に育てたプルメリアの花を、アメフトで鍛えたたくましい腕で一つずつ丁寧につみ、針を通してレイを作ってくれたのを知っているので大興奮したそうですよ。自分だけでなく彼女たちの大切な親にまで作ってくれるのですから、想像しただけでもドキドキしますね。アンティ・ルアナのお父様は愛情に満ちた育ちかたをされたのですね。

アンティ・ルアナはアウトリガーホテルのハワイアンカルチャー体験のワークショップで、こんな身近で生きた談話をまじえながら参加されるかたに接するそうです。

アンティ・ルアナがカルチャープログラムを通して伝えたいこととは?

レイメイキングは早く美しく作ることが大切ではないのです。どれだけの愛情を注ぐことができるかが相手に伝わるのです。アンティ・ルアナは、そういうことをカルチャープログラムで伝えたいといいます。

現在、アウトリガー・リーフホテルがあったところには、カヴェヒヴェヒ川があったそうです。当時のハワイでは古来の土地利用単位(土地支配概念)アフプアアがありました。島を山から海へ三角に分割して共同生活をしていたようです。山側、川の上流ではヤシの木が茂り、中腹にはタロやバナナなどの農作物を植えていました。海の近くでは漁が盛んでした。海側に住んでいる釣り人は魚を穀物と交換し、バランスの取れた自給自足の生活をしていたようです。

スピリチュラルなヒーラー(カフナ)もいました。といっても当時は伝染病なんてなかったらしいですね。頭痛や下痢をおこしただけでも大病だったのです。カフナは患者の痛みのある場所を触るといろんなことが見えたそうです。病気のもととなる問題はなにかを患者に伝えました。病は気からといいますものね。心の問題を解決するのが大事だと伝えたそうです。

ホ・オポノポノ(ハワイ語辞典において「心の洗浄。祈り、議論、告白、後悔、互いの補償と許しによって関係を整える家族会議」と定義される言葉)の考え方ですね。レイを作り、川に入るように伝えたそうです。当時は草花の種類も限られていたので植物の指定はなく、手に入れることのできるものなら何でもよかったそうです。当時から針や糸はあったので、葉やつたが編み込まれたものに花をさしたりしたものだったようです。そのレイを首にかけて水に入ったそうです。頭まで浸かりレイが外れた時には問題は解決するといわれていました。

ハワイの人は昔、今よりももっとスピリチュアルな生活をしていました。昔は様々な出来事は上の位のもの、もしくは神から与えられたと信じていました。今よりも頻繁に神にささげるチャントも唱えたそうです。神は私たちに恵の雨を与えてくれました。私たちが未開の地に入る時も許可を与え守ってくれました。海上では風や海流の行方を知らせ守ってくれました。日々の最後には感謝の気持ちを神に捧げたものです。それはハワイが西洋に発見され聖書が入るまで続きました。

こんなお話をアンティ、ルアナから聞いていると数百年前のハワイアンの時代が脳裏に鮮明に浮かびました。

後編では、アウトリガーホテルのハワイアン・カルチャープログラムなどを紹介します。

AuntyAYA

AuntyAYAのプロフィール

服飾デザイナーとして(株)ワールドの神戸本社にて9年間、伊藤忠商事(株)の契約社員として大阪、東京、ニューヨークに計6年間勤務。現在はオアフ島のカハルウバレイにて「心身ともにできるだけシンプルにナチュラルに生きる」をモットーに、釣りバカな相棒と迷い犬だった愛息子MJ、手作り人形のリトルピカケと暮らしています。得意技は私生活も仕事も「でもどり」。趣味はフラ、マリンスポーツ、トレッキング。ノアノア、カイルア店のマネージャー、メールオーダーなどのお問い合わせはnoanoakailua@gmail.com まで
個人ブログはこちら:ameblo.jp/auntyaya

この記事が属するカテゴリー: アロハダイアリー, 暮らし


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