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キョーコ
人気連載「ハワイに感謝!キョーコと明子のローカル自慢バトル」

バトルその12:ハワイの盆ダンス

投稿者: キョーコ 更新日:2016年08月17日

Kyoko & Akiko's "Mahalo Hawaii" vol.12 Let's Bon-Dance!

話題の人気ショップよりも、近所のパパママストアや老舗店をこよなく愛し、サイミンにはからし醤油をつけ、キカイダーに敬意を払い、ピジン英語もお手のもの …。そんなハワイのローカルライフにどっぷり浸かったライターのキョーコとMyハワイ編集部明子が、ハワイへの感謝の気持ちをこめてお送りするこのシリーズ! 観光情報とはひと味ちがう、目抜き通りから1本奥に入った知られざる、そして愛すべきハワイのローカル情報を1つのテーマで競作いたします。

■先攻・明子:ああ奥深し、ハワイの盆ダンス!

 

キョーコさんも日本から無事に戻ってこられたので、今回は大人の事情なしに、私の先攻でいかせていただきます。というわけで、今回のお題はこの季節ならではの「盆ダンス(ハワイでは盆踊りの事を盆ダンスと呼びます)」でどうでしょう?

ふふふ、実は私10年ほど前に、ハワイの盆ダンスチーム「YOH(ヤング・オキナワンズ・オブ・ハワイ)」に所属しておりまして、沖縄系の盆ダンスはかなり踊りこんできたのですよ。だから、その頃の思い出を披露させていただこうかと。

私がYOHに入ったのは2003年ごろだったでしょうかね。そのときは留学生だったんですけど、たまたま友人にテニスに誘われたんですよ。で、ひとしきりテニスを楽しんだ後、半ば無理やりに連れて行かれたのが、YOHのミーティングだったわけです。

当事はあまりローカル社会との交流も無く、盆ダンスと聞いても、日本の町内で行われるごく一般的な「盆踊り」としか思わなかったんですよね。

ハワイの風物詩、盆ダンス

 

しかーし、勢いで加入してしまったYOHで、ハワイの盆ダンスの奥深さを目の当たりにしてしまったのでした。それでは、日本の盆踊りとの違いがわかるような、ハワイの盆ダンスならではの特徴を10個ほど挙げて見ましょう。

1) 盆ダンスシーズンは6月~9月上旬まで。ハワイ諸島中のありとあらゆる仏教寺院で毎週末開催。例外はワイパフのハワイ・プランテーション・ビレッジやオキナワン・フェスティバルなど。

2) それぞれの盆ダンスごとに何組かの盆ダンスチームが出場。ファンはそれを調べてから出かける。

3) 演目は昔からずっと同じ。盆ダンスファンは誰もが振り付けをバッチリと覚えている。ありとあらゆる盆ダンス会場で見かける、踊りの名手が何人もいる。

4) 福島盆ダンスクラブの「福島音頭」は猛烈に盛り上がる。ペースが速いため、ご年配の方々は終わる頃には息も絶え絶えに。

5) 岩国盆ダンスクラブの「岩国音頭」は伝統的な長詩型で、一説をうなるごとに太鼓が打ち鳴らされる。歌詞は日本語で泣ける物が多い。

6) 沖縄系盆ダンスの「アシビナー」はエレクトリックスライドと同じステップ。これまた速いペース盛り上がって、ご年配の方々は疲れてゲッソリ。

7) 盆ダンスチームごとに衣装が決まっている。一般参加のファンは、浴衣もさることながらハッピーコート(はっぴ)を着ている人が多い。また、沖縄系盆ダンスで使う紅白の旗と扇子を家から持ち込む人も多数。旗は使わないときは背中に差し込んでおく。

8) 盆ダンス会場ではアンダギー(沖縄の揚げドーナツ、サーターアンダーギー)が配られることが多い。日本手ぬぐいも。

9) 盆ダンスは先祖を供養する仏教儀式と考えられており、坊(ぼん) さん(ハワイでは僧侶の方をぼんさんと呼ぶ人多し)のお祈りもある。

10) 沖縄系の盆ダンスは本格的な生演奏付き。華麗な三線の早引きなどが見られる。エイサーや毛がふさふさの獅子舞も。

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私の初舞台は、忘れもしません、ワヒアワ本願寺でした。盆ダンスクラブに入ってから、5月以来毎週末はメンバーの家で大特訓。加えて、衣装作りに小道具作り(太鼓パーランクーをダンボールで作成。会場でちびっ子に配る)、そして大特訓後の飲み会と、それはそれは楽しく充実した日々でした。初舞台の日、衣装に身を包んで踊りの輪に飛び出していったとき、ものすごく気分が高揚して、この世にこんなに楽しいものがあったのかと思ったぐらいでした。

私がここまで地元社会に密着できたのも、盆ダンスクラブに入ったおかげだと思っています。ローカルの友人たちと一緒に踊ることで、あっという間に打ち解け、ローカル風なしゃべり方や身のこなしも身についたし、ハワイのプランテーション文化や移民史に対する興味もグッと深まったように思います。

若気の至りで恥ずかしいエピソードもたくさんあるけれど、忘れられない想い出ですね。もうあの当事の仲間たちはクラブにほとんどいないけれど、今でも当事練習した盆ダンスはどの曲もばっちり踊れます。10年以上も前のことだけれど、あの当時はまさに「ちょっと遅く来た青春」だったなあと、しみじみ思うのです。

■関連情報/ 「ハワイと日本、人々の歴史」第13回 ハワイに根付く盆ダンスとは?
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■後攻・キョーコ:見る阿呆にも十分楽しいハワイの盆ダンス

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明子さん、もう土俵にあがる気力もなく、できれば 「不戦勝」での勝ちを差し上げたいところでございます。盆ダンスが趣味だということは以前から聞いておりましたが、まさかこんなにお詳しいとは…。明子さんには『盆ダンス考』とか『盆ダンスバンザイ』などといった盆ダンスの専門書を出版されることをオススメいたします。

さて、明子さんとは違いワタクシ、これまでハワイの盆ダンスで踊ったことがございません。ですが、これまで何度も盆ダンス大会には参加しております。目的は「撮影」。ハワイ報知に入社してから最初の5年間は、盆ダンスシーズンが始まりますと、編集長から「雰囲気満点の写真撮ってきてよ」と命じられたものです。週末になりますと、カメラ片手にオアフ島各地の盆ダンスに出没していました。

そうそう、盆ダンスといえば、ハワイ報知の姉妹紙、「ハワイ・ヘラルド」の編集部員が毎年総出で、シーズンの数カ月前からハワイ全土のお寺に手分けして電話をかけ「今年の盆ダンスはいつですか」と聞きまくっていましたっけ。ローカルの人たちにとっても盆ダンスはなくてはならない大切な行事となっているんですね。

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ヘラルド紙の編集部とオフィスを共有していたので、彼らが「盆ダンスいつ?」という電話をかけはじめると、「もうそんな時期か〜」と、1年という月日の流れの早さを実感しておりました。

1900年代初めに、プランテーションで働く日系移民たちによって初めてハワイで行なわれるようになってから1世紀余り。いまや盆ダンスは人種、宗教に関係なく、夏の訪れを告げるファミリーイベントとして定着しています。

最初に取材を命じられたのはヌウアヌ地区にある天台宗で開かれた盆ダンスでした。周囲を緑に囲まれ、やぐらから響く太鼓の音、淡い光を放つ提灯の下で浴衣やムームー、Tシャツに短パン姿の老若男女が楽しそうに踊っていて、まるで映画のワンシーンのようにステキでした。

毎年盆ダンスシーズンのトップを切って行なわれるオアフ島ワイパフ地区のハワイ・プランテーションビレッジの盆ダンスも、昔のハワイにタイムスリップしてしまったかのような雰囲気を醸し出していて、オススメです。

盆ダンスは輪の中に入って踊るより、踊る人たちを見るほうが断然楽しいとワタクシは思います。どこの会場でもまず、明子さんのようなベテラングループが中心になって踊りはじめ、ローカルのオバちゃんや子どもたちが輪の外でその様子を眺めております。

すると明子さんのようなフレンドリーなアンティ、もといお嬢さんから「一緒に踊りましょうよ」と誘われ、最初は恥ずかしそうに、ぎこちなく踊りはじめていたローカルのオバちゃんたちは、3周ほど終えるころには、どこからか手に入れたうちわを振り回し、満面の笑顔で踊っているのであります。

すでに盆ダンスのベテランと化したオバちゃんは、近くで見物している友人、知人を輪の中に誘い込み、その友人、知人は3周ほど終えるころには…を繰り返し、輪はどんどん大きくなっていくのです。

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その様子を実際に見たい方は、シーズン最後を飾る沖縄フェスティバルの盆ダンスにぜひお越し下さいませ。ローカル色満点の盆ダンス、あなたは踊る阿呆? それとも見る阿呆?

沖縄フェスティバル/盆ダンス
日時:9月3日(土) 午後5時30分~9時まで
会場:カピオラニ公園
www.okinawanfestival.com (英語)

キョーコのプロフィール

キョーコ

神奈川県の鵠沼生まれ、茅ヶ崎育ち。丙午のバブル世代。
1988年からハワイ在住。日本語が飛び交わない米本土の田舎町に留学しようとしたが、父親に猛反対され、交渉の末に決まった留学先がハワイ。

家族

学生時代に知り合った韓国/日系4世の夫と、40歳目前でやっとこさ授かった娘の3人。大規模な再開発計画が進行中のオアフ島カカアコ地区在住。

ローカル歴

1991年からハワイ観光局マーケットリサーチ部にインターンとして勤務、翌年からフルタイムのアジア太平洋地区担当職員に採用される。ローカル率95%の職場で、ハワイアンカルチャーやピジン英語、さらには「仕事は楽しく、職場にはおやつ常備」の精神を学ぶ。

入社5年後、マーケットリサーチの仕事が外部委託されることになり、部署解散。翻訳業などを経て、1998年から創業1912年の日本語新聞社「ハワイ報知」に編集部員として勤務。日系退役軍人や県人会、ゲートボールクラブ、舞踊団体、文化交流グループ、日系食料品店など、さまざまな分野の取材を通じてローカルライフにどっぷりと浸かっていく。

ハワイに支部がある日本の俳句結社「ゆく春」の主宰と取材を通じて知り合い、俳句に魅せられる。数年に渡る主宰からの添削指導を受け、時間のあるときに「ハワイ歳時記」をもとにハワイらしい俳句をぽつぽつと詠んでいる。最近短歌をはじめた明子女史にライバル意識をメラメラと燃やしている。

2013年思い切ってフリーランスに。ハワイ報知のほか、ハワイアン航空機内誌「ハナホウ」やMyハワイなどでローカル情報やハワイアンカルチャーに関する記事の執筆、翻訳作業に関わる。

好きな言葉

ハワイアンスタイルバンドのヒット曲のタイトルにもなった“live a little(もっと人生楽しもう)”。更年期とミドルエイジクライシス(中年の危機)に陥り気味の自分に言い聞かせている。

キョーコのブログはこちらからご覧ください。

明子のプロフィール

明子

福岡県福岡市生まれ大阪府堺市育ち。
現在はオアフ島モアナルアバレー在住。同じくバブル世代。1999年からハワイ在住。

家族

夫(中国、ポルトガル系、その他もろもろ。ハワイ島カウ生まれ、オアフ島パウオアバレー育ち)。義母(ポルトガル系。ハワイ島カウ生まれ)。子なし。

ローカル歴

大伯父2人がハワイ島のプランテーションに移民。1人は日本に戻るが、もう1人は契約終了後もハワイに残り、オアフ島で内装業を営む。子ども時代より、大伯父から送られたマカダミアナッツなどに親しみ、ムウムウ着用。大学時代、オアフ島リーワードに居住していた叔母の家を訪ね、一瞬でハワイの虜に。将来ここに住むと一人誓う。

1994年、語学研修にハワイへ。3ヵ月のつもりが縁あって1年半滞在。その後就職し貯金に励み、1999年ハワイ大学(UH)アジア太平洋研究科に入学。大学&大学院と通算7年通う。学生時代にMyハワイ(当時はハワイの歩き方)にて、大食いクラブ会長A子の名前でB級グルメ情報やB級生活情報などを連載。ハワイのパパママストアをこよなく愛するようになる。

並行してハワイ出雲大社でボランティアをはじめ、その縁でHawaii Pacific Pressでインターン&弟子生活。弟子生活は10年以上にも及び、442連隊、MISなどハワイならではの歴史に心惹かれるようになる。また、YOH(ヤング・オキナワンズ・オブ・ハワイ)という盆ダンスクラブにも加入。退部した今でも沖縄系の盆ダンスの振り付けはばっちりで、あまりの踊りっぷりに驚かれること多数。

某取材でキョーコさんを紹介され、年齢が同じ&共通点多数で意気投合。Myハワイに誘う。紆余曲折を経て、今回の連載が実現。キョーコさんの俳句に対抗したわけではないが、昨年、隔月短歌同人誌「ふゆみどり」を何気なく手に取りいたく感激、ハワイ短歌会に入会。久々の若手気分を味わっている。

好きな言葉

“If can can if no can no can (やれたらやるし駄目なら駄目、気楽に行こうぜ的なピジンのスラング)”。

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2 responses to バトルその12:ハワイの盆ダンス

  1. 書き込みありがとうございます! ヒロ大神宮でも盆ダンスがはじまったのですね。これからは他のお宮でも盆ダンスがはじまるかもしれませんね。

  2. 昨年よりヒロ大神宮でもボンダンスが始まっています。
    明治以前はお寺さんもお宮さんも区別はなかったのだから、当然と言えば当然ですね。

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