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キョーコ
人気連載「ハワイに感謝!キョーコと明子のローカル自慢バトル」

バトルその6:ハワイの冠婚葬祭あるある

投稿者: キョーコ 更新日:2016年04月06日

Kyoko & Akiko's "Mahalo Hawaii" vol.6 Wedding and Funeral

話題の人気ショップよりも、近所のパパママストアや老舗店をこよなく愛し、サイミンにはからし醤油をつけ、キカイダーに敬意を払い、ピジン英語もお手のもの …。そんなハワイのローカルライフにどっぷり浸かったライターのキョーコ(地元日本語日刊紙「ハワイ報知」元記者)とMyハワイ編集部明子(地元日本語月刊誌「ハワイパシフィックプレス」元記者)が、ハワイへの感謝の気持ちをこめてお送りするこのシリーズ! 観光情報とはひと味ちがう、目抜き通りから1本奥に入った知られざる、そして愛すべきハワイのローカル情報をお届けします。毎回テーマを決め、それについて綴ったエッセーでローカル度を競うローカル自慢バトル。2人とも友情にひびが入る覚悟で臨む真剣勝負です。応援よろしくお願いしま~す。2人のプロフィールはこのページの一番下をご覧くださいね。

■先攻・明子:バンザイ、エレクトリックスライド、そしてボンサン

 

皆様、お元気でお過ごしのことと思います。2月に日本へ帰ってすっかり風邪を引いた私、実は3月の第2週にも急遽日本に帰っていたのです。実は長患いをしていた父が亡くなりまして、そのため慌てて帰国したのです。おかげさまで皆様には大変よくしていただき、父は穏やかに息を引き取り、家族親戚で小さな葬儀を行った後再びハワイに戻ってまいりました。

それにしても、日本とハワイ、冠婚葬祭のマナーはずいぶんと違います。きっとキョーコさんもハワイで数限りない冠婚葬祭に参加されたことでしょう。「うん、これはすごく違う!」と、日本のそれと較べてビックリされたことも多いのでは? というわけで、今回のテーマは「ハワイの冠婚葬祭あるある」にしようかと思います。どうぞよろしく!

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まずは結婚式。ハワイで何度も結婚式に出たことがありますが、その中でも最初に「これは?」と違和感を感じたのが「バンザイ」です。

「結婚式にバンザイ? おめでたいじゃない。どこがおかしいの?」とお思いの方も多いことでしょう。ハワイでの結婚式、特に日系の人々の結婚式では、かなりの確実でバンザイが行われます。たいてい友人代表が前に出て、グラス片手に「新郎新婦バンザイ! 来賓諸君バンザーイ!」とやるのですが… ちょっと待って下さい。バンザイなのに何故グラス片手なの?

思うに、たぶんどこかの段階で、「カンパイ」と「バンザイ」がごっちゃになっちゃったんでしょうね~。郷に入れば郷に従え、ということで、今では何の違和感もなく、グラスを掲げながら「バンザーイ」と叫べるようになりました。ちなみに下の写真は本当のバンザイですが、ハワイっぽいでしょう?

ハワイの冠婚葬祭

 

お次は、エレクトリックスライド。こちらはダンスの一種で、皆がずらりと同じ向きで、音楽に合わせて軽快なステップを踏みながら、90度ずつ向きを変え踊っていくというもの。たいてい、結婚式やベビールアウ(子どもの1才のパーティーで盛大に行う)が終わりかけると、お決まりの音楽と共に参加者がワラワラと前にでて、エレクトリックスライドを始めるのです。ちなみに本来のエレクトリックスライドの映像はこちらからご覧いただけます(かなり80年代色が強いのでご注意を)。

これがまた、どの人もすごく上手に踊ります。私は最初、ターンする方向が途中でわからなくなり、人にぶつかってばかりだったのですが、今ではバッチリですよ! ちなみにこのエレクトリックスライドを沖縄風にアレンジした盆ダンスの名曲が「アシビナー」で、この曲がかかると、老若男女が皆踊りの輪に加わって、盛り上がるのなんのって! まさに東洋と西洋のハイブリッドダンスなのです(って大げさかな?)。

結婚式の話題が続いたので、それ以外の話題を。ハワイでは仏教の人々も多く、日本出身、ハワイ出身をはじめ、各宗派たくさんのお坊さんがおられます。そのお坊さんのことを、地元の老年の人々(時には若年層も)は、「ボンサン(坊さん)」と呼びます。きっとプランテーション時代の方言が定着したのでしょうね。英語の会話の中にも、かならず「ボンサン」と、そこだけは日本語なので面白いです。

ハワイの冠婚葬祭

 

ボンサンと呼ばれるのは、仏教のお坊さんだけではありません。写真上の神道の宮司さんのことだって、ボンサンと呼ぶ人が多いのです。でも、さすがにハワイアンのカフ(聖職者の方)やキリスト教の牧師さんがボンサンと呼ばれることはないと思いますけどね。ちなみに、私の父のお葬式でお経を上げてくださったお坊さんは、今風の髪型の若くて素敵な方で、とても「ボンサン」などと気楽に呼べるような感じてはありませんでした。その節はどうもありがとうございました。

■後攻・キョーコ:ユーロジー(弔辞)が面白すぎるハワイのお葬式

明子さん同様、ワタクシもハワイで暮らすようになってこれまでに出席した結婚式、お葬式は数知れず… 最初は「ハワイではこうなんだ〜」と驚いたり、不思議がったりしておりました冠婚葬祭の決まりごと(のようなもの)にも、最近はすっかり慣れました。

ハワイでポットラック

 

結婚式や披露宴で「ハワイらしいわね〜」と感じることといえば、新婦が参列者に感謝を込めてフラを披露したり、食事にラウラウが出てきたり、明子さんが言っていた「バンザーイ」と乾杯することでしょうか。そうそう、披露宴会場の入口あたりに掲げてある「折り鶴アート」も、ハワイの“あるある”のひとつではないでしょうか。

金や銀の千代紙で折った小さな鶴で、鶴亀や桜の絵柄、新郎新婦の名前や好きな言葉を描き、それを額縁に入れたものでございます。とくに日系人の結婚式でよく見られます。ハワイには折り鶴アートのお店もいくつかありまして、そこで注文する方がほとんどのようですが、稀に「夜なべして作った」という奇特な新婦もおられます。残念ながら写真が見つかりませんので、「どんなものか想像できないわ」という方はこちらのショップのウェブサイトをご覧ください。

お葬式での“あるある”といえば、やはり葬儀のあと、離れの大部屋での食事会でしょうか。バイキング形式でお煮しめや焼きそば、チキンカツにマカロニサラダなど、ローカルに人気の料理がずらりと並び、デザートのアンダギーを頬張りながら故人を偲びます。

ハワイでポットラック

 

故人を偲ぶ…といえば、ハワイの葬儀で「らしいなあ」といつも思うのが、ユーロジーといわれる「弔辞」でございます。日系の方のお葬式の大半は、静粛な空気の中、しめやかに行なわれますが、なぜか「弔辞」のときに会場が爆笑に包まれる…ということが多々あります。

日系ファミリーの中には、決まっておしゃべりで人を笑わせるのが大好きなオジさんが1人や2人いらっしゃいますが、弔辞を読むのは大抵こういう、愉快なアンクルなのです。頼みやすいってこともあるのでしょうね。

そしてこのアンクルはほぼ100%の確率で原稿を用意しておらず(もしくは用意しても読まず)、話がウケるとどんどんエスカレートしていき、「学生のころ、2人でガールズをナンパしたときに、(故人は)僕についた女性のほうがイイって言っていたんですよ〜。僕のワイフのことなんですけど」なんて爆弾発言も飛び出します。

子ども時代の失態や大学時代のカンニングなど、故人がびっくりして飛び起きそうなエピソードをつぎつぎと暴露していきます。そしてそのたびに会場は笑いの渦に包まれ、アンクルはますます張り切って爆弾発言をつづけるのです。

いつだったか、夫の大叔父さんが大爆笑の葬儀のあとにぽつりと言った言葉が忘れられません。「こういうふうに笑って送り出されたいもんだ」と。確かにそうかもしれません。笑って送り出したら、残された者も少しは元気になれそうです。でもな〜、自分の葬儀でおしゃべりのいとこや友人から「実はキョーコはひどい水虫でね」などと恥ずかしい秘密を暴露されたら…と考えますと、やはり葬儀はしめやかに営まれたほうがよろしいかと思います。

キョーコのプロフィール

キョーコ

神奈川県の鵠沼生まれ、茅ヶ崎育ち。丙午のバブル世代。
1988年からハワイ在住。日本語が飛び交わない米本土の田舎町に留学しようとしたが、父親に猛反対され、交渉の末に決まった留学先がハワイ。

家族

学生時代に知り合った韓国/日系4世の夫と、40歳目前でやっとこさ授かった娘の3人。大規模な再開発計画が進行中のオアフ島カカアコ地区在住。

ローカル歴

1991年からハワイ観光局マーケットリサーチ部にインターンとして勤務、翌年からフルタイムのアジア太平洋地区担当職員に採用される。ローカル率95%の職場で、ハワイアンカルチャーやピジン英語、さらには「仕事は楽しく、職場にはおやつ常備」の精神を学ぶ。

入社5年後、マーケットリサーチの仕事が外部委託されることになり、部署解散。翻訳業などを経て、1998年から創業1912年の日本語新聞社「ハワイ報知」に編集部員として勤務。日系退役軍人や県人会、ゲートボールクラブ、舞踊団体、文化交流グループ、日系食料品店など、さまざまな分野の取材を通じてローカルライフにどっぷりと浸かっていく。

ハワイに支部がある日本の俳句結社「ゆく春」の主宰と取材を通じて知り合い、俳句に魅せられる。数年に渡る主宰からの添削指導を受け、時間のあるときに「ハワイ歳時記」をもとにハワイらしい俳句をぽつぽつと詠んでいる。最近短歌をはじめた明子女史にライバル意識をメラメラと燃やしている。

2013年思い切ってフリーランスに。ハワイ報知のほか、ハワイアン航空機内誌「ハナホウ」やMyハワイなどでローカル情報やハワイアンカルチャーに関する記事の執筆、翻訳作業に関わる。

好きな言葉

ハワイアンスタイルバンドのヒット曲のタイトルにもなった“live a little(もっと人生楽しもう)”。更年期とミドルエイジクライシス(中年の危機)に陥り気味の自分に言い聞かせている。

キョーコのブログはこちらからご覧ください。

明子のプロフィール

明子

福岡県福岡市生まれ大阪府堺市育ち。
現在はオアフ島モアナルアバレー在住。同じくバブル世代。1999年からハワイ在住。

家族

夫(中国、ポルトガル系、その他もろもろ。ハワイ島カウ生まれ、オアフ島パウオアバレー育ち)。義母(ポルトガル系。ハワイ島カウ生まれ)。子なし。

ローカル歴

大伯父2人がハワイ島のプランテーションに移民。1人は日本に戻るが、もう1人は契約終了後もハワイに残り、オアフ島で内装業を営む。子ども時代より、大伯父から送られたマカダミアナッツなどに親しみ、ムウムウ着用。大学時代、オアフ島リーワードに居住していた叔母の家を訪ね、一瞬でハワイの虜に。将来ここに住むと一人誓う。

1994年、語学研修にハワイへ。3ヵ月のつもりが縁あって1年半滞在。その後就職し貯金に励み、1999年ハワイ大学(UH)アジア太平洋研究科に入学。大学&大学院と通算7年通う。学生時代にMyハワイ(当時はハワイの歩き方)にて、大食いクラブ会長A子の名前でB級グルメ情報やB級生活情報などを連載。ハワイのパパママストアをこよなく愛するようになる。

並行してハワイ出雲大社でボランティアをはじめ、その縁でHawaii Pacific Pressでインターン&弟子生活。弟子生活は10年以上にも及び、442連隊、MISなどハワイならではの歴史に心惹かれるようになる。また、YOH(ヤング・オキナワンズ・オブ・ハワイ)という盆ダンスクラブにも加入。退部した今でも沖縄系の盆ダンスの振り付けはばっちりで、あまりの踊りっぷりに驚かれること多数。

某取材でキョーコさんを紹介され、年齢が同じ&共通点多数で意気投合。Myハワイに誘う。紆余曲折を経て、今回の連載が実現。キョーコさんの俳句に対抗したわけではないが、昨年、隔月短歌同人誌「ふゆみどり」を何気なく手に取りいたく感激、ハワイ短歌会に入会。久々の若手気分を味わっている。

好きな言葉

“If can can if no can no can (やれたらやるし駄目なら駄目、気楽に行こうぜ的なピジンのスラング)”。

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2 responses to バトルその6:ハワイの冠婚葬祭あるある

  1. コメントありがとうございます。
    ゴローさんの葬儀は2つの部屋を使っても弔問客が会場内におさまらないほど、多くの人たちが来られました。ゴローさんの人柄が偲ばれます。ここに載せてある写真は、その葬儀の受付で配られたジップロックに入ったゴローさんの好物のお菓子です。受付も会場の整理も元日系兵の方たちが協力されていて、みなさん明るい明るい。葬儀も生前のゴローさんのビデオが上映されたり、ユーモアあふれる弔辞と笑いっぱなしでした。「笑って野辺送り」なんですね。素敵なコメント、ありがとうございました。

  2. 笑って送る。
    基本的に入滅はめでたいことで、そこに皆が悲しんでいたら想いを残してしまう。
    そうならないためにも、笑って野辺送りをしてあげる。
    仏教的思想だと思います。

    ところで写真のゴローさんは、とても仲良くしてもらいました。
    以前、キョーコさんのブログにあったと思うのですが、ゴローさんはいつも100大隊のクラブハウスにいてカードゲームをしてて、ボクも時間があれば顔を出し、ヴェテランと一緒にビールを飲んでププや寿司を摘んでいました。
    毎週木曜日の「Wine Gang」の時は普段より多くのヴェテランが来て、盛大にブランチをるのですが、ある日ゴローさんはボクに納豆を渡しながら「お前食べられるか?」と試すような感じでにやけていたのを思い出します。
    ブログにあったように、ゴローさんはウエストバッグからチョコやドライアプリコットなどのジップロックを取り出し、「持って行きなさい、うちにはまだたくさんあるから」と持たされました。
    (子供じゃないんだけどなぁ〜)と思いながらゴローさんを迎えに来たお嬢さんの方を見ると、(いつものことだから相手してあげて〜)みたいな顔をしているので、もらって帰りましたけど。

    ゴローさんの葬儀に出られなかったので、ボクは今でもゴローさんの写真を見ると辛いです。

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