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第6回 メリー・モナーク・フェスティバル

投稿者: Kaori 更新日:2013年04月25日

三谷かおりのハワイ島写真日記

ハワイ島写真日記  第6回 メリー・モナーク・フェスティバル

ハラウ・フラ・オラナのアウアナ(モダンフラ)。後ろの肖像はメリー・モナークの名前の由来でもあるカラカウア王

今年4月頭は、普段見た事のないほどの人出と車の多さでヒロの街が賑わった。一年で一番盛り上がるイベント、メリー・モナーク・フェスティバルが開かれたからだ。フラのオリンピックとも例えられるこのフェスティバルは、フラ人気がすっかり定着した日本でももうお馴染みのイベントかもしれない。もともとは津波ですっかり沈み込んでいたヒロの経済と人々の気持ちに景気づけようと始まったお祭りなのだが、有名になったのは数年後にフラの競技会がスタートしてから。それまでは、フラのコンペなんてなかったから、賛否両論あったらしい。だがフラダンサーたちにとっても、日頃の修練のモチベーションにもなったのだろう。年々参加するハラウ(フラ教室)も増え、70年代のハワイ文化復興のムーブメントとともに、フラを復活させる大きなきっかけにもなったのだった。

そして今年はメリー・モナークが始まって50周年という大節目。私は雑誌の撮影で毎年会場にいるのだが、いや〜今回は例年に増してたくさんの人、人、人。観客席は連日ギュウギュウの寿司ズメどころか押し寿司みたいな状態だった。競技会は夕方スタートして深夜に及ぶから、いつもだと夜10時すぎると帰ってしまう人も多くて、すこ〜し座席にも余裕ができたりするのだが、今年ばかりはそうもならず。出場ダンサーたちの気合いの入りようもさることながら、観客席の暑さも相当なものだったのである。

でもこのギュウギュウ状態もちょっとした楽しみがある。それはお隣に座った人たちと、仲良しになること。なにしろ三日間連続6時間あまり、くっつくようにして座っているのだ、自然と会話も生まれてくる。今年、私のお隣に座ったのは、30年以上も毎年見に来ているというご夫婦だった。ご主人のほうは初回からかかさず来ている、というから、まさにメリー・モナークの生き字引。最初はシビックセンターというもっと小さな会場で行われていたこと、現在の会場に移った当時は、周囲は整備されてなくて地面は砂利と土だったことなどなど折々に聞かせてくれた。

そしておふたりが口を揃えて言ったのが、この10年ぐらいの間に、踊りのクオリティが格段にあがったということ。特にカヒコと呼ばれる古典フラは、チャントからコスチュームまで、どのハラウもよく勉強していて、びっくりするぐらいすばらしくなったそう。「十年前は誰もこんなフラを踊れやしませんでしたよ」とちょっと辛口批評家のお母さんは言っていた。一度は消えかかったフラの伝統が復活していることを裏付ける、心強いコメントだと思った。

※今月の写真:ハラウ・フラ・オラナのアウアナ(モダンフラ)。後ろの肖像はメリー・モナークの名前の由来でもあるカラカウア王。

例年撮影しているメリー・モナーク・フェスティバル競技会の写真は、イカロス出版「素敵なフラスタイル」に掲載されています。2013年の競技会は43号(6月27日、日本全国の書店で発売)に掲載。よかったら見てくださいね。

(2013年4月更新)

三谷かおり

ハワイ島在住のフリーランス・ジャーナリスト。日本で数々のムック、雑誌企画等をプロデュースした後、1999年博多よりハワイに移住。現在は著述家、カメラマン、メディアコーディネイターとして日米の雑誌やTV番組等の制作に携わる。プロデュースしたムックに『九州の宿』『美味本(おいしんぼん)』『九州冒険王』(プランニング秀巧社刊)など。撮影・著述ではエスクワイア、クレア、エココロ、アンアン、エル・ジャポン、ハーパス・バザー、素敵なフラスタイルほか多数。
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三谷かおり

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