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ハワイ歩き方事務局
人気連載「ハワイの歴史」

その1

投稿者: ハワイ歩き方事務局 更新日:1999年12月06日

ハワイの歴史、気候、地理などを扱った「知識編」と、旅行者にとっての必須トピックを扱った「実践編」にわけてお届けする「ハワイの基礎知識」。取り上げて欲しい内容がありましたら、編集部宛にお知らせください。

ハワイの歴史 その1

ブロンズ色の肌をもち、黒い大きな目、暗褐色の髪、がっちりした体格を特色とするハワイの人たちは、マーケサスやタヒチの人たちと同じくポリネシア人と呼ばれるグループに属しています。このポリネシア人はアジアで発生した人類を先祖として、マレーシアからインドネシア、ミクロネシア、メラネシア、そしてタヒチへと移動し、タヒチを中心に南はニュージーランド、東はイースター島、北はマーケサス島からハワイへと拡散していきました。

このポリネシアンと呼ばれる人々は、文字をもたなかったため記録された歴史はないのですが、伝承口碑が多く残されていることとに付け加えて、考古学者達の非常な努力でその類縁関係が立証され、最初にハワイの島々を見つけて住み着いたのはマーケサス人で、紀元700年代だという意見で一致しています。続いて、12世紀から13世紀にかけてたくさんのタヒチ人がハワイに移り住み、一つの社会を築き上げていき支配権を確立していきました。

類縁関係といえば、ハワイの原住者たちとニュージーランドのマオリ族、ソサエティー諸島の人々の間には、体格、体質、言語、習慣の上で密接なつながりがあることが明らかとなっていて、この島々をつなぐ巨大な三角形のなかに生き続けた人々は祖先を同じくする人々と言うべきだと考えられています。

タヒチ・ハワイ間の往来が終わったのは13世紀頃と言われており、このころのハワイは権力争いで不安定でした。そこで作り出された社会は、たいへん厳しい階級制度の社会だったのです。アリイと呼ばれる王族と、カフナと呼ばれる神官が構成する貴族社会があり、その下にマカアイナナ(平民)、そして一番下にカウバ(奴隷)がいました。アリイの仲間の中からアリイ・ヌイと呼ばれる大王が選ばれ、それぞれの島にはそのアリイ・ヌイが1人または2人いて、支配体制を作っていました。この体制の下には、タブー(禁制)があり厳しい取り締まりの中で人々は生活していたのです。

例えば、ハワイアンの主食、ポイの原料であるタロ芋の畑は女人禁制でしたし、一定の種類の魚をある期間だけ一定量捕らえることは許されましたが、その他の魚を捕ることはタブーでした。男女が同じ屋根の下で席を共にして食事することを禁止したものや、アリイの影を踏んだというだけで死刑に処せられるといったようなものもありました。ハワイのように極めて限られた天然資源の下に多数が生存を維持をするためには、どうしても環境保全の誓約や日々の暮らしの誓約、分業の確立などいろいろな形の誓約が必要となり、タブーという制度が作られたのです。

ハワイでは生活に必要なもの、助けてくれるもの、自然の力をアクア(神)として崇め宗教の対象としていました。天地創造の神話やアリイ(王族)に関する神話など存在していましたが、カフナ(神官)には知っていることを一切口外しないと言う誓約があり、そのために断片的なことしか後生に伝わらなかったのは残念なことです。少ない神話の中でも、火山の神ペレや水の神カマプア‘ア、踊りの神ヒ’イアカなどの神話は今でも人々の間に受け継がれています。

(1999年取材)

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