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ハワイ歩き方事務局
人気連載「ハワイの歴史」

その4 アメリカへの併合から50番目の州に

投稿者: ハワイ歩き方事務局 更新日:1999年12月09日

ハワイの歴史、気候、地理などを扱った「知識編」と、旅行者にとっての必須トピックを扱った「実践編」にわけてお届けする「ハワイの基礎知識」。取り上げて欲しい内容がありましたら、編集部宛にお知らせください。

ハワイの歴史 その4

アメリカへの併合から50番目の州に

白人グループによるクーデターによってリリウオカラニ女王は実権を失いますが、これによってハワイがすぐにアメリカの一部になったわけではありませんでした。アメリカのクリーブランド大統領は事件の顛末を再調査し、一度は女王の抗議を認めて白人たちによる暫定政府からリリウオカラニへの王政復古を求めています。しかし、1894年に暫定政府は独自の憲法を発布して「ハワイ共和国」を樹立し諸外国もこれを次々に承認するなど時代の趨勢は変わることはありませんでした。1895年にはハワイアンの王権派による武装蜂起が起こり、リリウオカラニもこれに連座して捕えられ王位の放棄に同意させられてしまいます。

ヨーロッパ製の銃や大砲、イギリス人の軍事顧問などを擁してハワイ統一王朝を築いたカメハメハから王朝の崩壊までの約100年間、ハワイはそれぞれの島をハワイアンの王が治める戦国時代から一気に西欧式の政治、経済形態への変化を経験しました。歴史は太平洋に浮かぶ小さな島も容赦なくその流れの中に巻き込んでいったのです。

当時アメリカは植民地主義をとっていた西欧諸国と異なり、大陸外への領土拡大を望んでいなかったためアメリカとの併合を求めるハワイ共和国の希望を拒否していました。しかし1898年にスペインとの間で米西戦争が起こるとハワイの持つ戦略上の重要性が認識されて7月には米国領土として正式に併合されます。1850年代以降、ハワイの主要産業は砂糖プランテーションによるものになっていました。カラカウア王がその労働力として移民を呼び寄せたことは前回も触れましたが、日本とも移民条約を結び1885年から正式な移民が開始されました。苛酷な労働条件のもとで日本人移民たちは必死に働き、日本人社会を築きそしてその子供たちが2世として育っていったのです。

1914年に始まった第一次世界大戦ではハワイ出身の兵士も参戦するなどして文字どおり「アメリカのハワイ」となって行きます。1941年には真珠湾攻撃による第二次世界大戦が勃発。日系人たちへの身柄拘束などがありましたが日系2世を中心とした第100連隊、第442連隊のヨーロッパ戦線での活躍によって、戦後日系人のハワイでの社会的地位は飛躍的な向上を遂げます

ハワイを米国領土(テリトリー)から州に昇格させようという運動は1903年から起こされていましたが、遂に1959年8月に50番目の州として承認されました。この年にはアラモアナ・センターがオープンしています。その後エルビス・プレスリー主演の大ヒット映画のロケ地として有名になったりジャンボジェット機の就航などで、アメリカ本土、そして日本からの観光客が飛躍的に増え、いよいよ観光産業がハワイを支える時代がやってきたのです。

(1999年取材)

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