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ハワイ歩き方事務局
人気連載「ハワイで直撃インタビュー」

第37回 緊急特別企画 みやぎびっきの会代表のさとう宗幸さん

投稿者: ハワイ歩き方事務局 更新日:2012年02月09日

オーラあふれる素敵な人々をじっくりインタビューするこのコーナー。今回は緊急特別企画ということで、3月にハワイでチャリティ&トーク・ライブに登場する、、宮城県仙台市の一般社団法人「みやぎびっきの会」の代表理事であり、歌手でTVパーソナリティーでもあるさとう宗幸(さとう・むねゆき)氏へのインタビューをお届けします。

ハワイで直撃インタビュー 第37回 緊急特別企画 みやぎびっきの会代表のさとう宗幸さん

さとう宗幸さん

昨年3月に日本を襲った東日本大震災から1年。2012年3月25日(日)に、、ハワイコンベンションセンターで、ハワイシニアライフ協会の主催による「RAINBOW FOR JAPAN KIDS チャリティ・トーク・ライブ」が行われることになりました。このイベントは東日本大震災の被害に遭った子どもたちのための教育支援プロジェクト、「RAINBOW FOR JAPAN KIDS(レインボー・フォー・ジャパン・キッズ)」のチャリティ活動の一環として実施されるもので、同プロジェクトとパートナーシップを組む宮城県仙台市の一般社団法人「みやぎびっきの会」の代表理事であり、ミュージシャン&TVパーソナリティーのさとう宗幸(さとう・むねゆき)氏と、同会理事で同じくミュージシャンの小柴大造(こしば・たいぞう)氏が出演、 パフォーマンス&トークで被災地の今を伝えてれます。チャリティー・トーク・ライブを前に、編集長明子がハワイのボランティア・グループ「ハワイ・シニアライフ協会ナデシコ・クラブ」の一員として、さとう宗幸氏にお話を伺いました。 

ハワイ・シニアライフ協会ナデシコ・クラブ(以下ナデシコ):このたびは私どものインタビューにご協力いただきどうもありがとうございます。まず最初に、「みやぎびっ きの会」についてお伺いいたします。さとうさんはどのような経緯で「みやぎびっきの会」をはじめられたの でしょうか? 震災前は同会でどのような活動をなさっていましたか?

さとう宗幸氏(以下さとう):8年前東京で宮城県出身のアーティスト(中村雅俊さん・稲垣潤一さん他)と飲食の機会があり、「ふるさとでチャリティーコンサー トを!」という話しとなり、その翌々年に実現。1回目の終了後にメンバーから継続の話しが出て、会をの名称を検討、「ふるさとに帰 って(かえる)恩返しをする・・」「壊れたものを元に戻す(元にかえる)・・」などの理由を以って「びっき(東北での方言で「蛙」)の会」 と命名しました。当コンサートは翌年より毎年の春開催。メンバーが殆どアーティストということもあり、収益金の殆どは県内の中 学校の楽器の修繕に充てています。既に県内100校近くの学校を支援。余剰金は県内外の有事の時のドネーション(たとえば中越 地震の時には、即刻義援金支援)などに充ててきました。

ナデシコ:震災後の「みやぎびっきの会」の活動についてお聞かせください。

さとう:震災直後に全員の意思として、即刻支援を決定。とりわけ子供支援に特化して、子供たちへの物的・心的支援のために「びっきこども基金」を立ち上げ、レッドクロスなどの巨大支援団体に頼らず、直截的に子供たちの表情の見える中で支援続けてきました。以来「基金」は巨大支援団体の使途に懸念を持つ個人・法人の寄付金で運営させていただいています。更に震災後、「みやぎびっきの会」主催で6月7日に渋谷「CCレモンホール」でチャリティーコンサート(さだまさし、谷村新司氏他出演)を開催。また国内各地で支援イベントやコンサートが開かれ、その収益金の一部が「びっきこども基金」の運営を支えてくれております。また7月には心的支援として、ハワイのレインボー・フォー・ジャパン・キッズ委員会とパートナーシップを組み、津波被災地の中学生20名と共にハワイを訪問。これを機会に今後の物的支援に加え、心的支援の重要さを認識。これからは心的支援に重きを置いて活動していきたいと 考えているところです。

ナデシコ:ハワイ・レインボー・キッズ・プロジェクト(Rainbow for Japan Kids Project)で、たくさんの被災地の子どもがハワイを訪問して いますが、さとうさんの目から見て、ハワイに来て子どもたちはどのように変わったと思いますか? なにか忘れられないエピソードなどはありますか?

さとう:当時ほとんどの中学生は「避難所」での生活の中でした。津波を目の当たりにしており、その悲惨な光景が日夜脳裏を駆けめぐる中、不自由な生活および教育を強いられていたと思われ、将来的ビジョンが失せている頃だったと思われます。ハワイでの10日間、プロジェクトの皆さんの心温まるホスピタリティーに、当初引っ込み思案で寡黙だった殆どの子供たちに、程なくして本来の笑顔が見られたことは驚きでした。そのような中で、自らの将来を語ってくれた少年は「いずれ医者になって地元に貢献したい」と言ってくれました。その子は帰郷後地元産の魚を送ってきてくれました、この正月も元気な年賀状くれました。プロジェクトの奏功と認識しております。

ナデシコ:今回は、プロジェクトの一環としてハワイでチャリティ・トーク・ライブをなさいますが、そのイベントに向けての意気込みを語っていただけますか?

さとう:時の経過と共に国内外の支援意識が希薄になっていってしまうのは致し方ないことと思いつつも、被災地の現状を知るたびに被災されている皆さんに寄り添い、そして常に向き合った支援の必要性を実感しております。常日頃口癖のようになっておりますが、「避難所」が全て閉鎖された時が復興の始まり、「仮設住宅」が全て無くなる時が「ふるさと再生」の第一歩と思っております。そのように考えると長い支援が必要です! 「いわんやその中で将来に夢を抱く子供たちにおいてをや!」 その被災地の現状を皆さんにお伝えしたいと思っております。

ナデシコ:さとうさんの人生のモットー、座右の銘を教えていただけますか?

さとう:「雪月花時 最想友」(人間一人で生きられるものでもなければ、一人で生きるものでもなく、いつも多くの友・仲間と関わり支えあっているもの。)

ナデシコ:2012年度の活動予定をお聞かせください。

さとう:17年間継続している仙台での月~金曜日TV番組「OH!バンデス」(日本テレビ系列「ミヤギテレビ」の15:50-17:50)が今年も続く予定で、これが軸となっての活動かと。例年の如く主に土曜・日曜の国内コンサート活動(年間30本程度)にも精力的に…と。且つ「残された人生は、ふるさと再生に尽くす」と公言、被災地に向けての支援をライフワークに!

ナデシコ:お忙しいところ、どうもありがとうございました。これからのさらなるご活躍をお祈りいたします。

びっき子ども基金(みやぎびっきの会)
ハワイ・レインボー・キッズ・プロジェクトのウェブサイトはこちら

RAINBOW FOR JAPAN KIDS Projectのウェブサイトはこちら

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