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「許すということ」

投稿者: Vince
投稿日: 2014年06月25日
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「許すということ」

Vinceのブログ、奥ハワイのすてき

先日知り合いの教授のお誘いを受けてオアフ島西側ワイアナエ地区にあるモウナファームを訪問してきました。(Mouna Farm Arts & Cultural Village)

ここではオーガニックな野菜、フルーツを収穫する畑があるほか、オーナーでもあるSooriyaさんのアート作業場もあります。
オープンキッチンもあり、ファームでの作業をしてくれたボランティアたちに、畑でとれた野菜を使ってのお食事を振る舞ってくれます。

 このファームはそれ以外にもとても大切な意義を掲げ存在しています。
「許すということ」をテーマにした心へのリトリートの場所となっています。

スリランカ出身のSooriyaさんのお父様は、かつて村でのリーダーであったがために、内戦中に家族を前にして暗殺されてしまいました。
Sooriyaさんはその後、徒歩でヨーロッパへと旅に出て、その旅路のあいだに「許すということ」に心がたどりついたそうです。
その後ハワイに渡り、オアフ島西側に移り住んで、土地を与えてもらい、この場を「静穏な心のリトリートの場」としてモウナファームを作り出しました。
モウナとはサンスクリプトの言葉で「心の静寂」を意味するそうです。

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人は時に傷つきますし、時には傷つけたりもします。
Sooriyaさんのように身内が誰かに殺される。。。なんてあったら実際許せるものなのでしょうか。
僕は大学1年生の時の英語作文のクラスでそんな課題を出されたことがありました。
クラスメートたちと怒りをどうするか、「許すこと」の難しさ、出来た場合のパワフルさを語ったことを思い出します。言葉では言い表せても本心はどう反応するんだろうというところまではわかりませんでした。

そのクラスの教授は、批判的思考を教えてくれていました。日本語のままの意味の「批判」とは少し違う意味な気もしますが、いかに論理的に物事に対して自分のコアな気持ちと向き合えるかを、クラスディスカッションや作文の課題として出されていました。
その当時ははっきりした答えが出せないまま、表面的な知識とか「力」だけに頼って意識を向けていろいろなものを解決していたように思います。

自分は子供の頃、表にはあまり出さないし、たぶんそういう感じにはみられてなかったけれど、自分の中では結構な完璧主義者でした。
しかも疲れるくらいに。今から思えば世の中「完璧」「100%」なことってそう滅多にあるとは思いません(夢がないと言われちゃいますが。。。)。
だから完璧主義者な自分は毎回毎回ただただ苦しむ毎日でした。
物事は白か黒に出来るものだと思ってたし、自分は「力」だとか知識だとかで、そんなものでどうにでも出来るものだと思ってました。
実際、器用貧乏なところもあるので、そうやってなにげなく若いころの人生は進んでいたように思えます。ただどっかしらで本望ではなかったので虚無感があったように思えます。

アメリカの本土にいたころは都市部に住んでいたこともあってか、若さからか、とても表面的な部分があって、見栄を張って、かっこつけて、周りの目ばっかりを気にして生活していたように思えます。
そしてしばらくしてハワイに戻ってきて、なんだかいろいろなきっかけがあったのでしょう。年も重ねたのでしょう。
今はやっているディズニー映画”Frozen(邦題:アナと雪の女王)”の主題歌の「Let It Go」ではないですが、”Let Go”を覚えた瞬間がありました。
白黒以外にもグレーを認められるようになりました。
そう思ったときに、自分の本質な部分を「許す」と言ったらおかしいかもしれませんが、認められるようになりました。
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アメリカの歴史を教科書で学んだあとに、ハワイアンの歴史をもたくさん学びました。たくさんの方々からも今まで全く知らなかったお話もいっぱい聞きました。
今まで当然だと思っていたこと、自分の世界観みたいなものだけの中での価値観、そんなものが、当たり前でなくなる瞬間がありました。
1+1=2という風に教えられ、それが正解、それ以外は間違いだ、これは解決策だと思い込まされてきました。でも、疑問に思っている根本は答えを出すことだけなんだろうか?って急に思い込み始めたんですね。
西洋医学と比較したときの、東洋医学みたいなものかもしれません。
目の前にある問題に対して薬を出して症状をなくす、あるいは和らげる。そして解決したと思い込む。。。でも、実際の痛みだとか、問題の根本はみえていないし、残っているんですね。

ヨガやサーフィンをやってる方たちはもしかしたらわかる感覚かもしれません。フラダンスの先生、僕の和太鼓の先生もよく言う言葉ですが、体と心と精神が一致したそんな瞬間を感じれるようになりました。
Sooriyaさんの苦しみ、悲しみ、怒りから、時が経って世界が丸く感じたとおっしゃっていました。そのときに、世の中には「どうでもいいこと」が多いと感じたと言います。くだらないどうでもいいというわけではなくて、そんな目くじらたてている必要がないんじゃないか。。。エネルギーの使いどころがそこじゃなくてもいいんじゃないかと。
彼の場合、それが旅の効果だったのかもしれませんし、途中で出会った人々との影響だったのかもしれません。見えてた世界以上の大きさに気づいたとおっしゃっていました。
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心の中の少しの余裕というか。。。グレーもある、グレーでもいいんだ、グレーのすばらしさもあるんだって思えるようになりました。
完璧なところから物事を見て閉じ込める感覚にするのではなくて、今あるものから永遠に広がっていく感覚を持つだけでも、息苦しさはなくなります。
目の前の結果だけに一喜一憂するんじゃなくて、その時々のプロセスをに喜怒哀楽をもって、その瞬間を噛み締めばいいのだし、そう思うと、そういう部分ひとつひとつに感謝ができるようになりました。
あるがままの状態に価値を見いだせるようになったのだと思います。

実際ハワイでのいろいろな農園でボランティアさせてもらったり、タロイモ畑の作業を手伝わせてもらって、手を土の中にいれ大地を感じることが出来ました。
海にはいって水や波を体が感じることかもしれません。航海カヌーに乗ればたどり着くことはできないけれども、希望を与えてくれる地平線の存在と出会えます。
島だからこそ風や、雨、土、存在そのものを感じることも多いです。
なんだか言葉ではうまく説明できないのですが、心に「許すということ」は、自然の中に自分を放り込んでみる、五感、六感を周りにある環境と真っ正面から向き合ってみる。。。そんな時になにかヒントを与えてくれるような気がします。
なんか景色がきれいすぎて壮大すぎる場所にいったときに、「なんだ自分はちっぽけだ!」「悩んでいたことなんてたいしたことはない!」なんて思う感覚に近いかもしれません。

 

モウナファームに行って、Sooriyaさんとお話をして、大地を触れて、自然の恵みを感じて、そこにいる人々のお話を聞いて、自分自身の心のバランス取りが出来たようでした。
マッサージとかもそうかもしれませんが、現代生活の忙しい毎日のなかで、たまには心のリトリートの時間を作れるそんな場所に出向いて行っって、心の中のバランスをしっかり保つことは、本当に大切だと思いました。
ハワイには、一般市民にも解放している農園がたくさんあります。曜日なんかが決まっているときもありますが、ボランティアとして参加することも出来ます。
ぜひ次ハワイにいらしたときはそんな場所にもぜひ出向いてみてください。

 

英語ですが、Sooriyaさんも出ているドキュメンタリー映画のTrailerです。

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