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ハワイ歩き方事務局
人気連載「フラ講義」

第30回 Hula Oni E&東海岸講演旅行日誌その5

投稿者: ハワイ歩き方事務局 更新日:2001年10月07日

Hula `Oni E&東海岸講演旅行日誌


2001年9月21日から23日までヒルトン・ハワイアン・ビレッジで開催された「フラオニエ大会」には、私の所属するハラウを代表して、26人の女の子達がケイキ部門とミスフラオニエに出場しました。この大会はクムフラ、ホクラニ デ・レゴとラリー夫妻が率いるハラウ・フラ・オ・ホクラニが主催しています。数々の大会やフェスティバルに参加したデ・レゴ夫妻は、その経験から自分達の望む形の大会を企画しました。デレゴ夫妻は何事も子供 (ケイキ) 達から始まると信じているため、もともとこの大会は子供の大会でしたが、2000年から大人の部門が加わりました。

各ハラウは下記の部門のいずれか1つ以上に参加できます。
●マスターフラオニエ/ミスフラオニエ(カヒコ/アウアナ)
●ケイキグループ
●アダルトグループ
●ハラウ部門(ケイキが大人と一緒に踊る)

1990年の最初の年に参加したのは8ハラウでしたが、今年は3日間に渡り15ハラウから98組が出場登録しました。大会直前の9月11日に東海岸で起きたテロ事件のため、アロハフェスティバルの各イベントは自粛され、この大会の開催も危ぶまれました。この時期、子供達を手の届かない所に旅に出したくないという理由から出場をキャンセルするハラウもありましたが、出場者達の今までの練習に対する努力を配慮して開催にこぎつけました。

ハワイ各島のほかに日本からは2ハラウとグアムからも1ハラウが参加しました。カネ部門に出場したハラウの中には日本人男性グループもいたのですが「アウアナの衣装を着ているときは本当に日本から来た人達なのかカイムキに住んでいる日系人なのかわからなかったけど、上半身裸のカヒコになったらあまりに細くてやっぱり日本人だと理解した」という司会者の言葉に、会場にいた私たちも思わずうなずいてしまいました。

大人の大会出場者同様に、今大会に出場するケイキ達は9月のレーバデーの連休にマライカハナで恒例のキャンプを行いました。練習にはクムやアラカイはもちろん、数年前までケイキとして踊っていたダンサー達から、自分の子供がケイキと同じ年齢である親の世代のダンサー達まで、フラシスター達も教える側として参加しました。子供達には大人とは異なる彼等なりの葛藤があります。大会が近づくにつれて練習は毎晩になり、学校との両立が困難になっていきます。各々時間を見つけては宿題をしながらの毎日です。今年、ソロとしてミスフラオニエに出場したケイキは、ハワイでも有数の進学校に通い成績も優秀者のトップグループに入ります。フラだけでなくバレエ、ジャズダンス、バイオリン、タップダンス、歌唱など芸術面でも優れているためスカラシップをもらっています。そのため、成績を落とすわけには行かず、人一倍練習が多くなっても学校の勉強をおろそかにはできないのです。

参加する子供達には親やハラウのメンバーの協力が不可欠です。子供達の親はファンドレイジングの一貫として、スナック、ランチ、クラフト、レイ、飲み物などをスタジオに持ちよって、練習に来る人達に売るハレクアイを展開しました。大会数ヵ月前に開催されたワークショップでは、ティーリーフスカートやラウアエレイポオの作り方を習いました。大会用のティーリーフスカートを作る日は私も借り出され、公園で6時間以上スカートを作りつづけました。子供達の中には私より体格の大きな子もいるくらいですから、葉の数もウエストの大きさもあなどれません。大会数日前、ラウアエのレイポオフルセットを作って全員が検査を受けましたが、大会に使えると合格したのは26人中9人だけで、残りの17人は作り直しに。この時点では葉を集めに行く時間も無駄にはできずハラウの選りすぐりのレイメーカー達が急遽呼び出され、夜中までかかって作られることになりました。

重大な責任を遂えるはずもない私は下準備と仕上げ担当者に徹しました。大会直前には1日がかりで様々な色と種類の花が集められ、夜中までかかってハク(バンナースタイルのレイ)が作成されました。両親共働いていることが多いハワイでは子供の世話も両親で見るケースが多く、練習の送迎だけでなくこのような大会準備の段階で父親の姿も多く見られます。小さい兄弟がいれば祖父母に預けて、両親は大会準備に追われ、ケイキは踊りに専念しなくてはいけません。まさに家族総出です。

大会3日間、ダンサー達は開催地であるヒルトン・ハワイアン・ビレッジに宿泊しました。カヒコは力強く、アウアナは天使のように純真で可愛らしく、私たち観客の笑顔と感動の涙を誘いました。家族、親戚、フラシスターやブラザー達の協力と愛情に包まれて26人のダンサー達は、ケイキグループ部門でもミスフラオニエでも立派に優勝を果たしました。

(Kawailani)

東海岸公演旅行日誌その4
2001年9月11日、昨年公演旅行で訪れた場所で起きた悲惨なテロ事件には大きなショックを受けました。ハラウでは赤十字に寄付すべく「ハラウ基金」を設けました。このジャーナルに登場する人達の中にはマンハッタンや米軍基地で働く友人達もいます。彼等の安全を感謝すると共に、愛する人達を亡くされた方々に一刻も早く平和が訪れるようこの場を借りて心からお祈り申し上げます。

第10日目(ワシントンDC)

午前7時
朝食。ルームメート達は近くのショッピングモールに買い物に行くという。単独行動は禁じられていたのでルームメート達に口止めして1人で美術館に出かけた。

午前8時半
ホテルロビーで最寄りの駅を教えてもらって地下鉄に乗った。DCの地下鉄はNYに比べると一見きれいで明るくて臭わないからみんなは気にいってたけど、私には決して安全とは思えない。何しろDCは全米でも屈指の犯罪多発地区だから乗客を観察してからでないと座席にも座りたくない。ほとんどの美術館は9時半に開く。スミソニアン美術館と一言にいっても10館以上はあるので、地下鉄の駅も2つ。地下鉄は乗れば10分で着くけど、以前行ったときけっこう待ったしラファイエット(美術館の最寄りの地下鉄の駅)からも歩いた覚えがあるので、早めに出かけることにした。私が観たいのは気に入っているハッシュホーンと彫刻の庭、それにまだ訪れたことのないフレアとアーサーサックラー。メジャーな美術館を廻る時間はないし、人気のホロコースト美術館は夢にうなされてルームメートの睡眠を妨害するのも嫌なので今回はあきらめた。集合時間に遅れたら2度と1人で出かけさせてもらえないことは明白なので、早足で廻った後、時間に余裕をもって帰ることにした。駅近くのスターバックスでランチを買って帰った。

午後1時
ホテル屋上で練習。気温は100度近く、アスファルトが熱い。足の裏を火傷した。

午後3時半
リハーサル終了。汗びっしょりで部屋に戻る。この時間からでは美術館にも行けそうにないのでルームメート達と今晩の予定を相談する。ショッピングに飽きない彼女達は、DCの南にあるアウトレットに行くというので、私はジョージタウンに夕食を食べに行くことにした。

午後5時半
単独行動が悟られないようホテルを出ようとしてフラシスター達につかまった。旅は道ずれ、4人で行くことになった。ジョージタウンでは私の希望したイタリアンレストランは多数決で却下され、居酒屋でハンバーガーを食べるはめになった。

午後10時
プレ直前、アウトレットに行った人達が戻ってきた。スーツケースを買ってきたフラシスターは、これから御土産でいっぱいにすると意気込んでいる。

第11日目(ワシントンDC)

午前8時
プレ。今日は郊外観光の日だ。

午前9時
観光バス3台でマウントバーノンへ出発。今までの観光ツアーにくたびれた人達は今日の観光をパスしているので予定よりずっと少ない人数ででかけた。初代大統領ジョージワシントンの生家があるマウントバーノンでは50名だけが船に乗ってランチをとるという。船酔いをする私はウォーキングツアーに参加して園内を歩いて廻った。

午前12時半
園内のレストランで開拓時代のランチを食べた後、船から降りてきた人達と合流した。

午後2時
オールドタウン、アレキサンドリア着。この街での自由行動は1時間。歩きたくない人達は直接ホテルに戻る。通り向こうのアメリカンフォーク調の店に何気なく足を踏み入れると、先のバスで着いていた人達がひしめいていた。私達の公演旅行のスポンサーの会社が作るクリスマスオーナメントを売っている店なのだそうだ。ショッピングの後はアイスクリーム店で一休み。アイスクリームにはあまり興味のない私はコーヒーを求めてカフェを探すけど見当たらなかった。アメリカ人は大人も子供も本当にアイスクリームが大好きで、これはミルクアイスだ、アイスクリームじゃない、とか口々に文句を言っている。

午後4時半
部屋に帰ってシャワーを浴びて、今晩の予定を相談している間に4人とも眠ってしまった。

午後7時
ルームメート達と近所のショッピングモールに出かけた。各自2時間の買い物後、フードコートで集合して夕食を取ることにした。食事中、突然上の階から破壊音が聞こえた。でも、店の人達は一瞬顔を上げてからすぐ何事もないように仕事に戻ったのであまり気にしなかった。夜のテレビニュースで、ブティックのショーウィンドーが銃で撃たれたとわかった。昨夜行ったジョージタウンのファーストフード店でも銃乱射事件があり死傷者が数人出たと報道されていた。ハワイに住んでいると忘れがちだけど銃犯罪が日常茶飯事の国であることを再認識した。夜中までかかり、ハワイから持ってきたラウアエでレイポオを作った。長旅故、葉が古くなって使い物にならないものも多く、ルームメート達で協力して作った。

第12日目(ワシントンDC)

午前9時
プレ。

午前9時半
ロビー集合。徒歩2分の距離にあるDEA (Drug Enforcement Agency) 麻薬取締局という政府機関で行われるショーに出発した。多人数で衣装バッグとカブード(化粧ケース)を抱えて歩いていると、ランチタイムに外に出てきたビジネスマン達に異様な目で見られる。

午前11時半
ショー開始。主にカヒコが多かった。
午後2時
明日のショーのリハーサル開始。昨日火傷した足の裏があいかわらず痛い。

午後4時
ルームメートが写真を現像したいというので近所のコスコに出かけランチ代わりにホットドッグを食べた。ルームメート達と別れて先にホテルに戻った。

午後5時半
大学院時代のクラスメートと駅の近くのメキシカンレストランで夕食を取った。米軍のコントラクトの会計監査をしている彼女は、ファイナンスやアカウンティングの授業で習ったことをそのまま実践してるのよ、と嬉しそうに話す。私の仕事には大学院で勉強したことが何の役にも立っていない気がするのでうらやましい限りだ。日本語で会話がはずんでいると隣の席の海軍の人達が「それはハワイ語だろう、僕にはわからないなあ、ハハハ」と笑うのには唖然とした。本土の人達にとってハワイは未知なる文化をもつ特別な場所らしい。

午後7時
3台のバスでイブニングツアーに出発した。ベトナム、朝鮮戦争の記念碑を廻る。ライトアップされたリンカーンメモリアルやフランクリンルーズベルトメモリアルなどを廻って帰った。

午後10時
プレ。

第13日目(ワシントンDC)

午前10時
プレ。今日は東海岸ハワイソサイエティー主催のルアウショーに出演するため朝から衣装とレイの準備に入った。ランチは昨日ルームメートが買ってきた冷凍ピザを温めて部屋で食べた。

午後3時
メリーランド州に向けて出発。

午後4時
ステージリハーサル。昨日と違って今日はフラのことをよく知っている人達が見に来ると知って気合いが入る。。

午後6時半
ハワイアンフードのディナー。久しぶりに、ラウラウ、ロミサーモン、スイートポテト、カルアピッグ、スクイッドルアウ、ロングライス、などなどを口にする。屋外では食事をしながらサモアンダンスやタヒチアンダンスを観る。

午後8時
メインランドにあるフラハラウのショーの後、私達のショーが始まった。超満員、立ち見も出る程の盛況だった。大歓声の中、アンコールもして終了。喜んでもらえたようだ。

午後11時半
ホテル着。明日はツアー最後の日。長い1日になる。

第14日目(ワシントンDC)

午前中
荷物の整理をする。できるだけ手荷物を軽くしようと、スーツケースの上に2人乗って無理やり閉めてかぎをかけさらに荷造りテープでぐるぐるまきにするという荒業を使った。

正午
キャピトルに向けて出発。カメハメハデーに因んでカメハメハ時代のチャントが選ばれた。

午後1時
衣装バッグを持って裏口から入る。館内はあいかわらず見学者達でにぎわっている。大王像のある部屋は椅子が置かれ準備が整っている。隣の女性議員専用室に通される。特別に使わせてもらっているので家具や置物には触らないように気を付けて着替える。

午後2時
ショー開始。といってもステージではないし、椅子と椅子の間で踊るため目の前に見物客がいることになる。

午後4時
ショー終了。ショーで使った全員の分のマイレレイをつなげて1つの長いレイにして大王像にかけた。

午後5時
キャピトルを出発。

午後5時半
モールに移動してアカカ議員と写真撮影。今日の気温は107度。屋外に2分立っているだけで汗だくになる。

午後6時半
ホテルに戻り、服を着替えるとシャワーを浴びる時間もなく再び集合した。衣装バッグを箱に詰めるためだ。帰りの便はヒューストン経由とニューアーク経由に分かれる。荷物用トラックに詰め込むためスーツケースを持って1階へ移動した。

午後8時半
部屋に戻りシャワーを浴びてルームメート達と近所に夕食に出かける。

午後10時
レストランが並ぶ23番街で、地元の人に教えてもらったおいしそうなイタリアンレストランに早速突入したものの、漂う高級感に屈してか、通り向かいのカジュアルなイタリアンレストランに変更された。店員の態度の悪さと味の悪さに、旅行最後の食事が最悪の食事になってしまった。

深夜1時
部屋に戻って口直しにコスコで買ったシューアイスを食べて就寝した。

第15日目(ワシントンDC-ヒューストン-ホノルル)

午前4時
夜明け前、ロビー集合。ホテルの好意で時間外に朝食のビュッフェを開けてくれた。

午前5時
ホテル出発。別便のニューアーク経由で帰る人達と別れた。

午後12時25分
ハワイ諸島が見えます、というフライトアテンダントの声でパッチリ目がさめた。やっと帰ってきたと思うと旅の疲れも吹っ飛んで急に元気が出てきた。(完)

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