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ハワイ歩き方事務局

第27回 1999 ホノルル・マラソン

投稿者: ハワイ歩き方事務局 更新日:1999年12月15日

第27回 1999 ホノルル・マラソン

<27th 1999 Honolulu Marathon>
12月12日 日曜日 (オアフ島)

マラソン前の一週間は本当に天気が悪く、雨が降ったり、湿気を含む曇りの天気が続いたりで、街中にあふれ出した仕上げ段階のランナーたちも心なしか浮かない顔。当日は晴れてくれればいいのに、と思うんだけど、ランナーさんたちに言わせれば、曇っている方が走りやすいそうです。やっぱり常夏のハワイだから、いったん陽が昇ってしまったら、灼熱の太陽に照らされて、体感温度が急上昇するんでしょうね。 何を隠そう、ホノルル生活も数年目を迎えるという当レポーターですが、実際にホノルル・マラソンの一部始終を見るのは今年が初めて。一部では、あれは日本人だけのお祭り騒ぎで地元は無関心なんだ、なんて言う声も聞かれますが、いえいえ、それは大きな勘違い。地元出身のランナーが8000人にものぼるし、何よりも3万人とも言われるボランティアのほとんどは地元の人々。人工100万人にも満たない島国でこれだけの人が夜中から集まるんだから、それこそオアフ島最大のイベントのひとつなんです。テレビやラジオ、新聞などでも盛んに盛り上げてるし、併設イベントもたくさん企画されています。それは一度この時期にワイキキへ来てみれば一目瞭然ですよ。

あらかじめ登録しておいた人がゼッケンを受け取るのは、本部の置かれたアウトリガー・リーフ・オン・ザ・ビーチ・ホテル。車寄せには「歓迎:ホノルルマラソン」的な垂れ幕がかかり、豪華なロビーにはランナーがあふれかえっています。少し奥へ進むと、そこは「スポーツ・エキスポ」。スポーツ店やメーカー、マッサージ・サービス、他のマラソン大会などが一斉にブースを出し、ランナーにアピール。オフィシャル・スポンサーのナイキも会議室に臨時店舗を開き、オフィシャル・グッズやウエアを販売していました。ゼッケンは、地下に降りたところで受け取ります。やはり大きな大会だから、秩序は大切。このゼッケン引き替え所には、引換券を持った人でないと入っていけないのです。

この大会のユニークなのは、もうひとつ。あまりにも大勢のランナーが走るし、ゴールが、もともと駐車場の少ないワイキキ。大混雑を避けるため、着替えの洋服は前日に預かり、当日は身軽に来てもらおうというシステムになっています。ホノルル在住ランナーたちも、バスを利用したり、行き帰りだけ車で手伝ってもらったりという工夫をしている人が多いようでした。その預かり場所はゴールのあるカピオラニ公園。ナイキのオフィシャル・ショップ・テントの脇で、ボランティアの中学生、高校生が厳重に囲いで覆われたエリアをさらにガード。でも「明日は頑張ってね」と日本人には日本語で、アメリカ人には英語でニコニコ声をかけていたのが印象的でした。

さて、心配された当日の天気。朝5時スタートでしたが、その前から雨。ゴミ袋に穴を開けて、すっぽり頭からかぶった人がたくさんいました。スタートすれば雨なんて平気らしく、すぐに捨てられるゴミ袋を利用しているのでしょう。出発点のワードセンター手前からアラモアナセンターの終わりまで、ずらーっと2万数千人の人々が列を作っています。はあ、こんなに長いスタートラインだなんて、後ろの人がスタートの位置に着くまで、きっと10分は歩くに違いないと思われる距離です。雨でもなんでも、みんなの顔はにっこにこ。なんで?って感じですが、そんなことを考えている間に、何を言っているのかさっぱり聞き取れないアナウンスが始まり、大きな花火がドドドーンと上がりました。え?どうやらこれがスタートの合図だったようです。前の前の前の方の人たちは一斉に走り出したものの、10メートルくらい後ろの方の人たちは、花火に見とれて始まったことに気づかない。まあそれほどに立派な花火だったんですが。トロトロと動き出す大きな塊の集団。ああ、これがホノルルマラソンの有名な大渋滞スタートかあ、と初めて目の当たりにした私は感激。でもホントにみんな楽しそうで、やっぱりイベントは参加するべきよね、とあらためて実感したんです。

ワード・エリアから一路ダウンタウンへ向かい、アロハタワーなども眺めながらキング通り経由でカピオラニ通りへ。4日から始まったホノルル・シティ・ライツを楽しみつつ(といっても、そんな余裕のあるランナーさんはいらっしゃるのかしら)、一同はまたアラモアナ・センターへ戻ってきます。もうこの辺でとんでもなくヘロヘロの皆様もいらっしゃって、何だかこの先大丈夫なんだろうかと心配になってきてしまいます。そのヘロヘロさんたちは、かなり前の方から、かなり後ろの方までいらっしゃって、本当に素人の私にはなぜだかわけがわかりません。先頭集団にいたものの、飛ばしすぎてすでにヘロヘロってしちゃったということなんでしょうか。この辺りでは、日本のツアー・グループのスタッフの方々が、まるで応援合戦を繰り広げているみたいに熱い声援をかけていました。

ワイキキ付近は、宿泊中の観光客の皆さんが早起きして応援しています。この辺りではまた雨がしとしと降ってきて、みんな傘をさしたり、レインコートを着たりですが、それでも大きな声で声援を送ります。その後、ホノルルマラソンで最も難しいというダイヤモンド・ヘッドからカハラ地区を通り、長い直線走行が続くハイウエイに入ります。ハイウエイからハワイカイの住宅街に左折し、ぐるっと回ってもとのハイウエイにまた戻り、自然と折り返せるような格好になっているのです。沿道にはどこへ行っても人が立ち並び、「Looking Good!」「Good job!」なんて言葉をかけています。タイムなんて関係ない。マラソンを完走する事、それ自体が素晴らしい、という温かさが応援の中に感じられて、ランナーではない私も思わずジーンとしてしまうほど。

長い長いハイウエイは、ランナーさんにとってとてもつらいのでしょう。トップグループから約1時間遅れているグループになると、歩き始めた人たちでいっぱいになってきました。ハイウエイを降り、カハラに戻る角では生バンドが待ちかまえ、リッキー・マーティンの曲をガンガンに演奏。思わず口ずさんで自ら元気を出そうとするアメリカ人ランナーも見かけました。それにしてもこの応援の人の数。ハワイの人は関心がない、だなんて、ほんとに大ウソですよ。カハラの高級別荘地でも、自費でビールを配る人とか、水道代を惜しまず(それほどお金持ち)みんなに細かい霧をかけてあげてる人、クッキーを配っている人がいました。ダイヤモンドヘッドが見えてくるともう少し、だけどそこが上り坂。ああ、もうダメとばかりに歩き出す人がたくさんいる場所です。きっと疲れて疲れて、もう気力も残っていないんでしょう。でも、もう少し、がんばってー!

さあ、ダイヤモンド・ヘッドを右手に坂を下りれば、もうカピオラニ公園の入り口。あとは直線を1キロ走ってゴールです。コースの両端には人があふれかえり、ものすごい声援を送ります。ランナーの友達や家族が多いようでしたが、それでもみんな頑張った人には分け隔てなく声援を送っています。最後の気力をふりしぼって、あとひと息。

そして、さあゴールです。 ゴール後は、ゼッケンの一部を切り取られて、バーコードに通し、貝で作られたレイをかけてもらいます。ごまかしのないようにマジックでぴっと印をつけられて、さあ本当に終わり。歩けなくて人の肩を借りている人や、倒れ込む人、泣いている人、ただひたすら笑っている人、本当にそれぞれですが、マラソンがいかに過酷なスポーツか、あらためて思い知らされます。みんなホントにおめでとう。参加した皆さんがウイナー(勝者)です、と書いた紙を下げて応援している人をみかけました。マラソンは、それを目指した瞬間、そしてそれに参加した瞬間、すべての人が何かを乗り越えた勝者なんだということでしょうか。 ゴール後は、ごほうびのリンゴとクッキーをもらい、完走した人だけに与えられるフィニッシャー・Tシャツをもらい、それぞれの場所へ戻っていきます。Tシャツをもらった人はほんとに誇らしげで嬉しそう。早速着て帰る人もたくさんいて、この日はワイキキに黄色いTシャツ姿の人がいっぱいでした。

詳しいマラソンの記録はこちらの公式ホームページでお知らせしています。 http://www.honolulumarathon.org

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