第3回 悔し涙をのんだ夜
●努力しない門下生!?
●ロコはタトゥーがお好き? ●行く手を阻むチキン・ガイズ!
このバーの常連らしき酔っ払いのオジサンたちは、私の友人たちとなかなかいい勝負。一進一退の攻防が続く、緊迫したゲームです。でも、酔っ払いだということに加え、「若い者には負けない!」という変な意地があるのか、ゲーム中、友人たちを心理的に追い込もうと必死になってるんです。普通、どんなに「勝ちたい!」と思っても、相手が打つ時は、黙って見守るのが暗黙の了解と決まっています。世界各国共通であるはずの正々堂々と戦う「スポーツマンシップ」は、ビリヤードにも当てはまります。それなのに、このオジサンたち、友人たちが打とうと狙いを定めて集中していると、横槍を入れてくるのです。「どうせ、入れられないだろ!」とか「失敗するぞ!」とか、とにかく子供みたいなことをずーっと言ってるんです。最初は無視していた友人たちも、我慢ならなかったのか、「黙って座って、俺のショットを見ておけ!」なんてオジサンたちを挑発。それが、かえってオジサンたちの闘志に火をつけたのか、ますます熱くなって、ゲームの間ヤジをやめることはありませんでした。そして、調子を狂わされた友人たちは結局、僅差で負けちゃったんです。でも、勝負は勝負。負けた友人たちは退場、オジサンたちは次なる挑戦者とゲームを開始したのでした。 負けた後、オジサンたちが、そのあとのゲームでも、同じように対戦相手の調子を狂わせようとしている様子を見て、「あのチキン・ガイズめ!」と、怒りが納まらない友人たち。「チキン」とは、「弱虫」を比喩的に表現する英語独特の言い回しなのです。自分たちのビリヤードのスキルだけでは勝てないと思ったオジサンたちの大人気ない行動が、まさに「チキン」そのものだと感じたんでしょうね。 ●友人の仇!
ブレイクはもちろん、前のゲームの勝利者であるチキン・ガイズ。鶴瓶似のチキン1号が撞いたキューボールは「パーン」と音を立てて、ラックした玉をテーブルの上にきれいに散らばせました。勢いのあるブレイクは、2つのストライプの玉をポケットに吸い込んで、引き続きチキン・ガイズのショットとなりました。「ニヤリ」と笑って、次に狙う玉を見定め、ポケットをコールした後、ショット。「パーン!」。チキン1号、なかなかやります。3玉ほど連続していれたところでミスし、我らがケンにバトンタッチ。ケンも結構うまくて、連続4玉入れましたが、ミスしてしまい、再びチキン・ガイズのショット。こうして何度かシーソーゲームの後、テーブル上には私たちの2番の玉と最後に落とす8番の玉しかない状態で、私の番が回ってきました。
ここで、私が2番と8番を続けて入れることができたら、もちろん私たちの勝ち。でも、外したら、きっとチキンガイズは8番を難なく入れてしまうことでしょう。そして、彼らの水戸黄門にも勝るとも劣らないような高笑いが、バー中に響き渡るのは必至です。そうなったら、私はみんなに顔向けが出来ない! 「仇を取ってきて!」と、あんなに言われたのに… などと、いろんな思いが駆け巡る中、私はショットの準備をしました。しか〜し、ここで大問題! なんと、私たちの2番の玉が8番の玉の向こう側にあるではないですか。キューボール、8番、2番がちょうど一直線上に並んでいるのです。大ピ〜ンチ! 文字通り「behind the eight ball」状態。直訳すると「8番ボールの後ろ」、つまり「不利な状況、窮地に陥っている状況」のことを言います。ビリヤードの8ボールのルールが、一番最後に8番ボールを落とさなければならないので、キューボールが8番ボールの後ろにある場合、それを打つとまずいことになるという状況から、このような熟語ができたようです。しかし、まさに私が、「behind the eight ball」の状態そのものに陥ろうとは、誰が予測したでしょうか(人生そのものじゃなくって良かったわ!)。
みんなが固唾をのんで見守る中、悩んだ挙句、私の選んだ答えは「バンク・ショット」。バンク・ショットとは、テーブルのヘリを使い、跳ね返して自分の狙いたい玉にキューボールを当てるというショットなのです。これは、角度がちょっとでも違うと、とんでもない方向にいってしまうため、私のような初心者向けの技ではありません。しかし、この状態では、それしか方法がなかったのです。テーブルの向こう側のヘリに向かって打って、それによって跳ね返ったボールが2番の端に当たり、そのまま真っ直ぐ2番の玉が転がってくれればポケットに入るはず。あくまでも理論上は… 難易度5という最高に難しいショットを選びながらも、不安を隠せずに、何度も角度を確認しました。時間をかけて何度も。周りも、「ここまで、よく健闘したよ」と、打つ前から既に諦めムードの中、狙いを定めてショット! すると、計算しつくされたキューボールは、私の予想通り、きれいにバウンドして2番の玉に当たりました。そして、ゆっくり、ゆっくりポケットに向かって一直線に転がっていきます。「行け〜、行け〜!!」という私の声に応えるかのように、玉がポケットに入ったのです! 「うぉーっ!!」。その瞬間、バー中が歓声に包まれて、私も嬉しさのあまり興奮して、敵であるチキン2号に抱きついてしまいました。 バー中にいた人たちが私のところへ駆けつけて、「すごいよ。すごいよ」と言ってくれます。我ながら惚れ惚れするほどのスーパーショット! 「キャーッ、私、カッコイイ…」なんて思いながら、次のショットの準備に入ります。あとは、もう楽勝! 8番を入れるだけ。しかし、玉の位置を見ると、キューボールと8番がポケットに向かって、これまた一直線に並んでいるではないですか。それを見たみんなは、「これで勝ちだな」といった雰囲気なのですが、実は私、真っ直ぐに打つのが苦手。「もうちょっと、まじめに練習してれば良かった〜!!」と、後悔しても時既に遅し。しかも、チキン・ガイズは、なんとか私の猛追を阻止しようと、野次を飛ばします。そして、私の不安は残念ながら的中。日頃から真っ直ぐに打つ練習をしていなかった私は、この簡単なショットも入れることができず、チキン・ガイズの前に涙を飲んでしまったのです。ゲームが終わった後、バー中の人たちが、「良いゲームだったよ」と、声をかけてくれましたが、私は己の未熟さを思い知らされ、基本の重要さを改めて痛感したのでした。そして、人知れず闘志を燃やし、「絶対うまくなってやるんだー!!」と、固く心に誓ったのでした。
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