第8回 シークレット・ウェポン登場
●補欠じゃなかったの?
キャロルが抜けた後、なぜか私もミステリー・メンのメンバーに加わり、リーグ戦を戦うことになりました。メンバー登録した次の週に、みんなの試合を見にベルベットに行くと、キャプテンのライアンに、「ノリコ、今日メンバー足りてるけど、相手があんまり強くないんだ。だから、僕じゃなくて君出てみる?」といわれました。ライアンが相手チームの順番を見て、私に対戦させようとしているのはエイドリアンという、レベルC-(マイナス)の男の子。「えっ、強くないって言っても、C-じゃない。無理だよ、無理。勝てないもん。しかも、私補欠じゃなかったの?」と断ると、「いや、それがさ、君はハンディキャップがあるからね、この対照表から見ると、ノリコが最後に残った3ボール(ラスト3)を入れたら、その時点で勝ちなんだよ。だから、十分勝てると思うよ。君は、シークレット・ウェポンなんだよ。君は最低レベルだから、どんな相手でも絶対ハンディキャップがもらえる。それを利用するんだよ。」というのです。誉めてるのか、けなしてるのか!? 本来9ボールのルールは9番のボールを先に入れたほうが勝ちなのですが、相手とのレベルがあまりにも違う場合ハンディキャップをつけて試合をします。そして、テーブルの上に残った3個の玉のいずれかを入れたら勝ちというハンディキャップを、「ラスト3」といいます。この数はそのレベルの差によって違いますし、対戦相手によってはラスト2になることもあるし、7番ボールと8番ボールなどと指定されることもあります。このハンディキャップを与えることによって、レベルが上の人が1人勝ちするのを避けて、同等に戦えるようにしてある訳です。加えて、ライアンの説明によると、ライアンのレベルはA+。C−のエイドリアンと戦うとなると、今度は相手が少なくともラスト2、下手するとラスト3のハンディキャップを持てるんですね。このハンディキャップが結構侮れないんです。A+のライアンと言えども、このハンディキャップのために何度涙を呑んだことか。明らかに相手が格下だとしても、C-というと、結構うまいので、1度のミスが命取り。例えば、ライアンが1番から6番までのボールをすべて入れたとしても、7番をミスして相手が入れてしまった場合はそこで試合終了。それよりは、ハンディキャップを私がもらった方が、チームの勝ち星を挙げるにはちょうどいいのではないか、と考えたようです。 そう、このリーグ・トーナメントでは、誰かが一人勝っても意味がありません。チーム5人が試合をして、1つでも多い勝ち星をあげないといけないのです。そして、そのためにはハンディキャップも考えて、対戦相手を決める必要があります。この日は、相手に与えられるハンディキャップを考慮して、私が出た方がいいのではないかという結論に至ったのですね。かくして、私の予期せぬデビュー戦がいとも簡単に決まってしまいました。 ●リーグ戦デビュー さて、試合はというと、隣り合った2つのテーブルで2試合同時に行います。今回、私たちのチームの1試合目はジェシー。彼は格上の相手、マットからラスト3のハンディキャップをもらっていたために楽に試合をすることができました。5試合とも全勝! 幸先のいいスタートです。そして、その横で、レベルAのスコットが、トンプソンと試合をしていました。トンプソンはレベルがDだったので、スコットはラスト3のハンディキャップを与えながらも、見事な試合運びで難なく5連勝し、ゲームをものにしました。スコットの素晴らしい試合展開に惚れ惚れしているところへ、キャプテン、ライアンが「ノリコ、頑張って。次だよ。」と一言。あわてて準備してテーブルで待っている対戦相手のエイドリアンのところに行くと、彼はクォーターコインを片手に私を待っていました。「私、ノリコ、よろしくね。私ものすごーく下手だけど、怒らないでね」と挨拶した後、エイドリアンが「僕もそんなにうまくないんだけどね。ヘッド? テール?」と問いかけたので、「じゃ、ヘッド」というや否や、彼が投げたコインはヘッドが出て、私のブレイクで試合を始めることになりました。 ●試合の行方は?
3ゲーム目を勝ったエイドリアンがブレイクすると、ボールはテーブルのあちこちに散らばりました。ブレイクで2番のボールを落とした彼が、引き続きボールを狙います。1番から7番までミス1つなくポケットに沈めていきました。残るはあと2つ、8番と9番だけ。しかも、そんなに難しい位置にはない… 絶対絶命のピ〜ンチ!! ホラー映画を見るように、顔を手で覆いながら指の間から「そ〜っ」と覗いていると、エイドリアン、なんと8番ボールを外したのです。彼も、「後2つ!」と思ったらプレッシャーを感じたようです。相手のチームからは「はぁ〜っ」と、ため息交じりの落胆の声。「しめしめ!」と思ってテーブルを見ると、8番ボールがポケットのすぐ側にあります。しかも、これを入れたら私の勝ちです。大きく深呼吸した後、ポケットとボールの位置を確かめて、テーブルに這うように低く構えます。そして、3回ストロークした後、8番ボールに向かってキューボールをゆっくりと撞きました。キューボールは8番ボールに当たり、8番ボールはポケットにストン! 「ふぅ〜っ」。ようやく、これでゲームは振り出しに戻りました。 5ゲーム目、勝負を決める大一番! ここまで来たら、絶対負ける訳にはいきません。「意地でも勝たないと!」。そう思っていると、スコアをつけていたキャプテンのライアンがやってきて、「ノリコ、ショーンが4対1で勝ったから、今日はもう僕たちの勝ちだ」というのです。ふっと目を隣のテーブルに移すと、ショーンが対戦相手と試合を終えて握手をしていました。どうやら、ショーンが勝ったため、もう私たちのチームは3人勝ったことになり、事実上白星が決定したのです。「もう今日は勝ちが決まったから、リラックスしてやっていいよ!」というのです。「そんな〜、これから試合するんだから、そんなこと言わないでよね」。だって、「負けてもいいよ」って言ってるようなもんですよね、これって。意外と負けず嫌いな私は、この言葉を聞いてますます、「絶対負けないぞ〜!!」という思いが強くなったのでした。
5ゲーム目、今度は私のブレイクで始めます。ところが、ブレイクで何も入れることができなかったため、エイドリアンに交代。すると、彼も、「負けてなるものか!」という気迫でボールを次々に入れていきました。4ゲーム目と同じ展開で、1番から7番を落としていきます。そして、8番と9番がさっきと同じような位置に並び、誰もが、「もう2度と同じ失敗はしないだろう。」と思った瞬間、あろうことか、彼は8番をまたもや外してしまったのです。向こうのチームからはため息が聞こえてきましたが、外した本人が一番悔しいんですよね、こういう場合。実際、エイドリアンはキューの下の方を床に何度も撞きながら、「ジャーンク!」と叫んでました。「ジャンク(junk)」とは、元々「くず、がらくた、価値のない」などの意味ですが、そこから派生したスラングとしてロコの若者達はよく使います。「だめな、良くない」などの意味で使っていることが多いようです。日本語でも「ジャンク・メール」、「ジャンク・フード」って言いますよね? それと同じです。エイドリアンもうまく入れられなかった自分に対して、「だめだー!」と叫んだんでしょう。悔しがる彼の姿を横目に、8番をさらっとポケットに入れてまた勝負を決め、3対2の接戦でようやく勝負をものにしました。 嬉しさのあまり、みんなのところに駆け寄ると、「だめだよ、ちゃんと挨拶してこないと!」と注意されました。そう、やはりスポーツは、「礼に始まり、礼に終わる」ですよね。慌ててエイドリアンのところに行き、手を差し出すと、「グッド・ゲーム!」と言ってくれました。ハンディキャップが功を奏して、無事、チームの「シークレット・ウェポン」となることができた瞬間なのでした。 ●ゲームのタブー ●ベルベット 14台のプールテーブルがあるビリヤード場。曜日により、割引特典あり |
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