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ハワイ歩き方事務局
人気連載「スイート・カップル生活」

第05回 アメリカ流結婚式

投稿者: ハワイ歩き方事務局 更新日:2005年02月21日

第5回 アメリカ流結婚式


シャボン玉で祝福される2人。夢にまで見た海外挙式

●劇的なプロポーズ!?
「甘いもの、食べたくない?」という彼の問いかけに、「別に」と素っ気なく答えた私。これが彼の演出したプロポーズとはつゆ知らず… その日、ノースウェスト機でハワイから日本に到着した彼は、横浜にある初デートした思い出の公園で、機内で使うナプキンで包まれたフォーチュン・クッキーをカバンから取り出したのです。「なら、僕ひとりで食べるからいいよ」と言いながら、2つあるうちの1つをパカッと割ったのです。中から出てきたのは、日本語で書かれたフォーチュン。「訳してみて」と言われ、「将来は幸せだ」を、それらしい英語に訳す私。もう1つのクッキーを半ば無理やり渡され、「割ってみて」と言うので、不審に思いながらも彼の言葉に従ったところ、出てきた文字が「結婚してくださいますか?」。思わず訳しそうになり、戸惑っている私の前にひざまずき、婚約指輪を差し出しながら、「Will you marry me?」。この段階になって初めて、「ノースウェストがフォーチュン・クッキーをくれたのではなかった、彼はプロポーズするために今回はるばる日本に来てくれたんだ」ということに気付いたのです。


義母と義父。息子が3人のため、娘ができたと喜んでいます

その時はただただ感動して、彼が日本語のできる友人に、「結婚してくださいますか」という言葉を教えてもらい(今考えれば、丁寧過ぎるこの言葉使いは、かえって不自然だと思うのですが…)、紙に印刷し、フォーチュン・クッキーの中に仕込んだなんて、想像すらしなかったのですが、どうやらかなり前から準備をしていた様子。典型的な日本人である私は、彼の家族に受け入れられるかどうか、心配だったので、感動の涙を流しながらも一番最初にそれを確認したのです。ファミリー・ストーンとも呼ばれるその家に代々受け継がれるダイアが付いた婚約指輪は、「アイオワにいる母から届いたものだから、心配には及ばない」という説明を聞いて、やっと安心して喜びに浸ったのでした。


リハーサルでは、牧師さんが丁寧に説明してくれます

●教会選び
数日後に日本で入籍し、グリーンカード(永住権)の手続きやら、どこに住むか、いつ引っ越すか、など話し合うことは山のようにありましたが、そこはやはり女の子なので、ウェディングのことで頭がいっぱい… 一時は、「国際結婚なのだから、日本で1回、アメリカで1回、式を挙げよう」ということになりました。が、「2回も神に誓いを立てるのはオカシイ」という母の意見を聞いて、日本では披露宴のみ、アメリカでは入籍からちょうど1年目にあたる記念すべき日に教会式と二次会のパーティを計画し始めたのです。本当は、「アメリカで式を挙げるならハワイ」と思っていたのですが、主人の親戚や友人は全てアイオワ付近にいるため、私も2年間住んだことのあるアイオワで挙式することとなりました。入籍した後も約7ヶ月間、主人は学生生活を送るハワイ、私は日本という遠距離結婚が続いた私達は、自然と日本の準備は私、アイオワの準備は義母と義兄。唯一、主人がしたことは教会選びでした。主人が用意してきた教会は、ナント私が9年前に、毎週日曜日に2年間通った教会。その頃は牧師さんのお説教が子守唄にしか聞こえず、いつも見送りに出ている牧師さんに、「ミノリ、今日もアクビしていたねぇ。教壇の上からは何でも見えちゃうんだよ」と釘を刺されるのですが、英語が不自由だったことも手伝い、教会の中でコックリ、コックリするのは何とも言えない気持ち良さなのでした。そんなことをチラっと思い出しながら、私がアメリカで唯一馴染みのある教会で式を挙げることのできる幸運に感動したのです。


左が主人の弟。3人とも大の仲良しです

●美しいブライズメイドとやんちゃなグルームズマン
アメリカと日本の結婚式で、異なる部分はたくさんありますが、中でもアメリカの結婚式で特徴的なのは、新婦のお世話役「ブライズメイド」と新郎の世話をする「グルームズマン」の存在ではないでしょうか。新郎新婦の兄弟姉妹や友人が式の当日、新郎新婦の手となり足となり世話をするのですが、通常おそろいのドレス、タキシードを着るので、見た目にも華やかさを増し、式当日も大切な役割を果たす訳です。その中でも一番重要な役割を果たすのが「メイドオブオーナー」と「ベストマン」。主人は自分の弟にベストマン、友人2人がグルームズマン、私はデトロイトの従姉にメイドオブオーナー、日本からの友人2人にブライズメイドを頼みました。ドレスは薄い紫(ラベンダー色)で、全体の色も私の好きなピンクとラベンダー色に統一されていました。


右が従姉のクローダッテ。友人2人は日本から来てくれました

●独身最後の羽目外しパーティ!?
パーティ好きなアメリカ人は、何かと理由をつけてパーティをしたがるもので、結婚式前にも、「最後に独身時代を楽しもう」という趣旨の「バッチェラーパーティ」を催すのが伝統となっています。男女別れての馬鹿騒ぎなので、通常は結婚したらできないこと、ということで、「ストリッパーをホテルの部屋に呼び、一晩中飲み明かす」というのが一般的なスタイルだと言うのです。これには主人からの要望? で、「既に結婚しているのだから、ストリッパーだけは止めてくれ」と、事前に計画をする友人に頼んでいました(私の目が怖かっただけでしょうか…)。その代わりに、シカゴでのツインズとホワイトソックスの大リーグ観戦という、何とも健全なバッチェラーパーティとなったのでした(ただし、主人はその晩ホテルに友人と泊まっているので、そこで何があったかは知る術がありません)。私はと言うと、アイオワでは友人もいないので、残念ながらバッチェラーパーティはありませんでした。


和やかな雰囲気のリハーサル

●病める時も健やかなる時も
式の前日、教会で普段着でのリハーサルがありました。父と腕を組んで入場するところから練習をするのですが、普段、腕を組むことに慣れていない父は、主人の友人から腕の組み方を指導されていました。私は何が心配といって、牧師さんの言う誓いの言葉を繰り返すことができるかどうか、不安で仕方ありませんでした。主人よりも私に優しい牧師さんなので、少しずつ区切りながら、ゆっくりハッキリと発音してくれるのですが、ステージのように高くなっている教壇に上ると、緊張して思うように言えません。そんな不安を残しつつ、リハーサルの後は、主人の友人トム君宅でのバーベキューパーティ。トム君は主人と違うクラスだったものの、9年前は2年間、私の生徒でした。最初はなかなか「岡本先生」が抜けず、私も何だか照れくさく、実はお互いに少し気まずかったのです。BBQパーティは、あいにく雨が降ってきてしまったため、急きょ屋内での大歓談会に。特別何をする訳でもないのですが、「親戚一同、顔合わせ大会」といったノリです。誰がどこから手に入れて来たのか、日本酒まで登場する始末。次の日が早いからと言いつつも、深夜まで騒ぎ続ける羽目になってしまいました。


どんどん厚化粧になっていくメークに不安を感じつつ…

●緊張のウェディング
挙式当日は、恐ろしく早く起きて、ヘアメークをしてもらいました。メークは、余りの化粧の濃さに驚きながらも、「写真に撮れば、分からない」となだめられつつ、ド派手な花嫁姿に変身したのです。時間になり、父の腕を組みながら、バージンロードを一歩ずつ、後ろ向きで待っている主人に近づいて行くのですが、緊張とともに湧き上がってきた感情は、「やっと、ここまできた」という感動と、「これからがスタートだ」という新たな決意でした。アメリカの結婚式の伝統をもう一つ。新郎は、結婚式の当日、誓いを立てる場所に新婦が登場するまで、新婦のウェディングドレス姿を見てはなりません。私たちも一応その伝統に則って、当日の準備は別々に、そしてバージンロードを歩む私と父に対しても、主人は後ろ向きで待っていたのです。リハーサルの通り、父が主人の手と私の手を取り、「おめでとう。よろしくね」と言いながら、2人の手をつなぐのですが、照れ屋の父にしては上出来だった、と褒めてあげたいです。


式の間、手をつないでいると汗が…

私の誓いの言葉も大きなミスもなく、逆に、牧師さんが同じ言葉を2回繰り返すなどの間違いがありましたが、そこはネイティブなので、うまく誤魔化していました。教会式は滞りなく終了し、退場の時に、参列してくれた友人親戚に挨拶をするのですが、中には久しぶりに会った人もいて、思わず涙が… 厚化粧がどんな風に落ちていっているのか気になりながらも、祝福されているという感動の涙は止まりませんでした。式の後は、二次会に当たるパーティです。会場にそれぞれ移動し、カジュアルなビュッフェスタイルの食事の後、主人の弟からスピーチと、お兄さんからスライドのプレゼント。スライドには、2人の幼い頃の写真、思い出が綺麗に綴られていて、その準備にかかる時間と労力には、本当に頭が下がる思いでした。義母からは、ハワイに住む私たちに、手作りのレイが贈られました。見よう見真似で作ったのでしょう、家には何冊かのレイの本がありました。


初渡米の父。緊張しているのが分かります

パーティも佳境に入ると、カラオケが登場し、みんな歌え、踊れの大騒ぎ。私も動きにくいウェディングドレスから、カラードレスに着替え、3〜4歳の子供たちと大はしゃぎしながら踊りまくっていました。後で写真を見て気付いたのですが、日本から来た母も、酔っ払っていたのか、周りの人たちとラインダンスを豪快に踊っていたのです。日本では披露宴は厳粛なもの、と思っていたのですが、パーティ会場がダンスホールに早変わり これは絶対日本では見られない光景だろうな、と思いながら、「これがアメリカ流結婚式なんだ、これもアリかな」などと考えていました。そうたくさんのアメリカの結婚式に参加したことがあるのではないのですが、アメリカらしいお気楽な結婚式を自分が挙げることができ、良い思い出となったことは言うまでもありません。そして、一番大変な準備をしてくれた義母と義兄に対する感謝の気持ちは一生忘れません

プロフィール
私: 日本の大学を卒業後、JALEX日本語教師プログラムに参加し、1995年から2年間アイオワ州の高校で日本語を教える。帰国後は旅行会社に勤務し、5年間のOL生活の後、米国人の夫と結婚。2004年1月にハワイに引っ越して以来、仕事と家庭を両立しようと「日々是決戦(?)」という生活を送っている。趣味はスキー。ハワイで一番恋しいもの… それは「雪」かも?

主人:現在、ハワイ大の大学院でスクール・カウンセリングを学んでいるアイオワ州出身の米国人。趣味はスポーツ観戦。かつてアイオワの高校でコーチをしていたこともあり、3度の飯よりフットボール好き。9年前は可愛い日本語の生徒だったが、縁あって教師だった日本人の妻を娶り、今また少しずつ日本語を覚えざるを得ない多忙な大学院生。

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