![]() |
|
|||||||
|
■ハワイの出産事情、全部教えちゃいます■
第15回 9月11日波乱の出産(下) ●気になるテレビ、テロ事件9月11日の朝8時過ぎに始まった陣痛促進剤の点滴。開始後2時間半くらいは、今までの陣痛がだんだん強まって、間隔が狭まってきたものの、痛みの程度はまだまだ助走段階でした。担当看護婦のジェニファーも、1時間ごとに血糖値の検査(妊娠中と同じく指先をチクッと刺して採血する)とモニターのチェックに来るだけで、それ以外は他の仕事をしていたようです。この時点では、まだ体力に余裕があったのか、どうしてもテロ事件のことが気になり、LDRの中だというのにテレビにかじり付いてしまいました。 ここでちょっと、「血糖値の検査」について触れておきます。今回の出産では、メタボリズムの専門家、メリッシュ先生に出産のモニターをお願いしてあったので(第9回参照)、ジェニファーは血糖値を毎時先生に報告しなければなりません。この日、先生はハワイ大学に詰めているようで、報告一つにしても、ジェニファーにとっては結構面倒くさい作業となっていたのでした。というのも、ハワイのドクターは、大抵が「physician's exchange」と呼ばれる機関に「呼び出し登録」をしているので、例えば週末や夜間など、クリニックの診察時間以外にドクターに緊急連絡を取りたい時は、患者はいったん「physician's exchange」に電話。そこからポケベルで呼び出されたドクターが折り返し患者に電話を入れ、必要なアクションを取るシステムになっているのです。今回のような場合も例外ではなく、ジェニファーは「カピオラニ病院です」といってメリッシュ先生を緊急呼び出ししなければならず、特に出産が間近に迫ってからは携帯電話片手に、孤軍奮闘することになったのでした。 ●予想外の破水に無痛分娩へ 午前10時半を過ぎたあたりで、さすがのわたしもテレビを見れなくなり(痛いんだよ〜!)、横になったまま「ヒー、フー」と痛みを散らす努力をしました。長女ステフの出産時には、夫の手を陣痛のたびに力任せに握り潰してしまい、「痛くて大変だった」と後々まで言われたので、今回はベッドについているグリップを握り潰す!? ことにしました。ハワイの病院では、万が一の帝王切開に備えて、陣痛が始まったら食べ物を口にすることは許されず、水ですらガブ飲みは厳禁(全身麻酔で帝王切開するので、麻酔の事故のリスクを減らすためだそうです)。仕方ないので、小さな氷を口に含んだりして、気分転換することにします。段々ひどくなる陣痛を2時間くらい耐え忍んでいたら、昼過ぎくらいに、とにかく「最高に痛〜い」陣痛の波がやって来て、「もうダメ〜!」と思った、まさにその瞬間、「ブチッ!!」と子宮内で何かがブチ切れる音を感じたのでした。本当に、「ブチッ!!」としか言い様がない切れ方で、同時に破水したのを感じたので、ジェニファーをブザーで呼び出しました。「破水したよ〜」、「あっ、そう」と呑気にやり取りしてから、様子をチェックしに来たジェニファーが「オー、マイガー!」と騒ぎ始めたからビックリ。破水はしていたらしいのですが、それだけではなく、大量に出血していて、にわかに異常が疑われたのです。出血量を計測したら見た目よりひどくなく、モニター上では胎児の心拍に変化もなかったので、電話で呼び出されたコササ先生からは「このまま続行」との指示が出ました。でも、陣痛がひどくなってきたのに子宮口は6cm大で停滞したままだし、この「ブチ切れ」で何だか気力が急速に萎えてきました。そこへジェニファーが、「無痛分娩に切り替えるなら、今がチャンスよ。エピドゥラル(背骨のところの神経に注入するタイプで、アメリカでは最もポピュラー)にする? それとも、もうちょっと効き目のうすい点滴液(名前は忘れちゃいました)のにする?」と誘惑しにやってきたのでした。 迷った末、とりあえず点滴液を入れてもらい、様子を見ることにしました(何かこの期に及んで優柔不断)。すでに確保している点滴ラインに注入するだけなので、すぐに効き目を発揮してくれたのは良かったのですが、「効き目がうすい」とはよく言ったもの! 2〜3回陣痛を調子よくやり過ごしただけで、元の木阿弥です。「ぜんぜん、ぜ〜んぜん、効いてないー!!」。パパもオロオロと「やっぱり、やっぱり、エピドゥラル入れれば〜?」と横でつぶやいています。「ビー!! ビー!!」と、力任せにブザーを押し(かなりパニック... 力を入れても早く鳴る訳じゃないのにねぇ...)、「エピドゥラル入れて〜」と、すがりしました。でも、切羽詰まっているのはわたしだけ。待てど暮らせど、麻酔医はやってきません(う〜、ここでもハワイアンタイムか?!)。やっと麻酔医が訪れて、ようやくこの苦しみから解放されるのかと思いきや、なんと「同意書」に記載されている20問はあろうかという質問を、のらりくらりと聞いてくるではありませんか?! それも「持病はあるか?」など、すごくベーシックな質問なんですよ。確か、そんな事はプリレジストレーションの時に全部伝えてあったような気がします。最初は小声で、「ノー」と答えていたけれど、最後のほうはさすがのわたしもブチ切れて、「ノーーーー!!」と鬼のように叫んでいました。ジェニファーに無理やり起こされて、彼女に寄りかかる格好でようやく背骨に大きな針でエピドゥラルが注入されました。エピドゥラルの効き目は聞きしに勝るすごさで、即座に断末魔の痛みからものの見事に解放されました。「地獄から天国へ」180度の転換です(これから出産される方にはエピドゥラルをお薦めします!! 上手に使えばいい出産ができますよ)。 ●静かな充実感とただ流れ出る熱い涙体勢を整えて子宮口を計測してもらうと、何のことはない、この一連のプロセスを経ているうちに全開大の10cmになっていました。いきなり「ハイ、もう産まれますよ。プッシュしますか〜?」と言われたものの、麻酔医に退席を命じられたパパは帰ってきてないし、コササ先生もけたたましいポケベルの呼び出しにもかかわらず、まだ現れません。「主治医と夫がいないのに、プッシュはいやだ!」と、無痛分娩に切り替えて余裕の出た妊婦は、俄然わがままを言い始めました。ジェニファーも朝から付き合うこと7時間余り。疲労が見え隠れしながらも、夫には館内呼び出し放送をかけ、コササ先生にはクリニックに「今、もう産まれる」と大騒ぎのフリをして急がせたりして、健闘してくれています。レジデント医のチーム(分娩担当医2人、小児科医1人とその補助の看護婦の合計6〜7人くらい)も遅れています。この時、放送を聞いてようやく駆け付けたパパに、さすがのジェニファーも叫びました。「んも〜、みんな遅すぎる! ちょっと旦那さん、そこの非常ベル(ベッドのヘッドボードに隠れて付いている)押して!」。「ビビビー!!」。このベルがキューとなり、医療チームも怒涛のように流れ込み、コササ先生も「人工授精中ですぐに出られなくってすみませんね〜」と言いながらス〜ッと登場しました。ようやくプッシュを始めることほんの数回、大騒ぎで出迎えている大人達をよそに、意外にも静かな泣き声で待望の赤ちゃんがやって来ました。午後2時56分。待望の第2子、クリス・智乃の誕生です! あまりにも静かな泣き声だったので、一瞬「大丈夫かな?」と不安になったのですが、チームの面々が「あ〜、かわいい元気な赤ちゃんよ」と口々に誉めてくれるので、とにかくひと安心。長い長い10ヶ月の末に訪れた出産の瞬間は、思いのほか静かな充実感とただ流れ出る熱い涙に満たされていました。 へその緒は立ち会ったパパが主治医のサポートで切り、後産の処置が終わった後しばらくは、おくるみに堅く巻かれた赤ちゃんを夫婦であやしたり、話しかけたりするプライベートな時間が与えられました。赤ちゃんはそれからパパが抱っこして、ナースステーションへ連れて行き、そこで必要な計測や検査を受けた後、再び母が待つLDRへ帰ってくる予定です。メリッシュ先生の尽力のお陰で、今回は母子共に血糖値も安定し、母子同室の許可もすでに下りていました。 ただ一つ、皆が肝を冷やしたのは、赤ちゃんの誕生直後に、間髪置かず胎盤まで流れ出てしまったことです。これにはコササ先生もビックリ。あの陣痛の最中に体験した、「ブチ切れ」は、何と胎盤の一部が剥がれ落ちた音だったのです。「38週で出産しておいて、正解だったね。やっぱり胎盤が弱ってきてたから、もう少し引っ張っていたら大変だったかもしれないね」と言われたのでした。本当に「9月11日」に産まれるべくして産まれた赤ちゃんだったということなのでしょう。 人生のうちで最も長い1日の一つに数えられるであろう「出産当日」も、まもなく静かに幕を下ろそうとしています。コササ先生、メリッシュ先生、ジェニファー、病院のスタッフをはじめ、友人、家族... と数え切れないほど多くの人達に支えられ、この善き日を迎えることができました。この場で改めてお礼を言いたいと思います。本当にどうもありがとう!! P.S. 番外でちょっと考えて頂きたい話題を最後に一つ。「日本のお産でやらされて、アメリカのお産では絶対やらないこと」って何だと思います? 「テイモウ(剃毛)とカンチョウ(浣腸)」が答えです。これって、前時代的で不必要な処置だと思うんですけど、どうでしょう? 実際、やらなくてもアメリカでは何の問題もないですよ。日本の医療関係者の方々、是非ともご検討をお願い致します。
|
||||||||