第2回 魔の山「キラウエア火山」
ドロドロと流れ出すキラウエアの溶岩流 |
●世界屈指の活発な活火山
今回はことし、数年ぶりに活発な噴火活動を始めたハワイ島の「キラウエア火山」にまつわる、ちょっと不思議なお話をお伝えします。ハワイ諸島の中で地質学的に一番若いとされるハワイ島。キラウエア以外にもマウナケア、マウナロア、フアラライ、コハラといった火山がありますが、世界屈指の活発な活火山に数えられているキラウエアは、その中でもハワイ島最大のアトラクションとなっています。特に、7月以降のピーク時には、連日3000人から4000人の観光客らが、燃えたつ溶岩流を見物しようと詰めかけました。
実は、このキラウエアは地元の人々にとっても特別な山なのです。「魔の山」といっては大袈裟ですが、ハワイアンは数千年にわたって恐怖と尊敬が入り混じった複雑な想いを、キラウエアに対して抱き続けてきたのです。というのも、その噴火口ハレマウマウ・クレーターには、ハワイ神話の「女神ペレ」が住む、と信じられているからなのです。
煮えたぎる溶岩は女神ペレの怒りだろうか |
「今の時代に、何が神話だ!」。なんて、この女神を侮ってはいけません。ハワイ神話の神々の中でも、古来、最も恐れられてきたのがこのペレです。その性格は怒りっぽく残忍で、しかも衝動的。その逆鱗にふれ、煮えたぎる火口に投げ入れられた人間の話など、ペレの怒りに関する神話は数えきれないほどあるのです。現代ハワイでもペレに対する畏敬の念はしっかり根づいており、キラウエアなど一連の火山が噴火すると、人々は声を潜めて噂し合うのです。「ああ、またマダム・ペレがお怒りだ…」
伝説によれば、ペレはある時は漆黒の髪のハワイアン美女、またある時は腰の曲がった白髪の老婆として人前に現れると言われています。「それと知らずに、誰かがペレの化身を粗末に扱うと、火山が爆発する」。ハワイの人たちは、今でも半分本気でそう信じています。だから、ハワイ島の特に火山地帯では、夜更けに道をトボトボと歩く老婆を見かけると、皆がこぞって? 車で送っていこうとするそうです。女神ペレは火山学者ですら認めざるを得ない存在らしく、キラウエア火山の堆積物のいくつかは、「ペレの髪」「ペレの涙」といった名称をつけられ、正式に分類されているほどです。
●女神ペレにまつわる伝説とタブー
海に流れ込む溶岩が海水を水蒸気に変える |
そんなことから、キラウエア周辺には、ペレにまつわる伝説やタブーがいっぱいあります。たとえば…
◎「オヒア・レフアの花を摘むと雨が降る」
オヒア・レフアは火山地帯に茂る低木で、ゴツゴツとした男性的な幹に大変可憐な赤い花をつけます。が、伝説によると、この木はペレに殺された恋人達の化身だそうです。ペレはハンサムなオヒアに恋をしますが、彼にはすでに恋人レフアがいたため、嫉妬に狂って2人を殺害。しかし、後で自分の激情を恥じ、2人を1本の木に変えてやりました。幹の部分はオヒア、可憐な花はレフアの化身なのだそうです。そのため、その花を摘むと恋人達が悲しみ、雨が降ると言われているのです。
◎「オヘロベリーを食べるとペレの祟りがある」
オヘロベリーは火山地帯にしか育たないハワイ原産のベリーです。ペレに属する神聖な植物とされていて、古来最初の一粒をペレに捧げてから、食べないと火山が爆発すると信じられています。1823年にキラウエアを訪れたアメリカ人宣教師エリスの日記にも、こんな記述があります。「私達がオヘロベリーを食べ始めると、それを見たハワイアンが『ペレの怒りを買うからやめてくれ!』と大声で懇願した」。逆に、近年、「ペレはジンが好物である」との噂が広まり、クレーターにジンのボトルを捧げる人が増えています。でも、古代ハワイには当然ジンなどありませんから、これは根拠のない風習のようです。
◎「溶岩をキラウエアから持ち出すと不幸になる」
迷信といってしまえばそれまでですが、実際、ハワイ火山国立公園には、世界中から「溶岩を持ち帰って以来、悪運に見舞われている。溶岩を山に返してくれ」という趣旨の手紙付きで、しょっちゅう石が送り返されてくるそうです。キラウエアのビジターセンターには、そんな手紙のいくつかが展示されています。
●地球の生命力を実感
地球がもつ命の営みを実感させてくれる溶岩 |
最後に、私自身のキラウエア体験について一言。といっても(これまでに3回ほどキラウエアを訪れましたが)、マダム・ペレの存在を肌で実感した… というような神秘経験は、残念ながらありません。オヘロ・ベリーをこっそり食べたり、溶岩を持ち帰ったり、オヒア・レフアの花を摘んだりという悪戯は一切せず、きわめて品行方性にふるまったお陰でしょうか? ただ1度だけ、ヘリコプターに乗って火口上空を飛んだ時には、「ペレ…」というか火山の怒りのパワーをゾクゾクと感じて、身体中が震えたことはあります。
それは数あるキラウエアの火口の1つで、現在も噴火中の、プウ・オウ火口上空を飛んだ時のことでした。火口の真上から、タップンタップンと灼熱のしぶきを上げつつ、オレンジ色の火の海が煮えたぎっているのを見て、生まれて初めて地球の生命力というものを実感。太古から続くとてつもないスケールの地球の営みを目の当たりにして、自然への畏怖がヒシヒシとこみ上げてきました。本当に、鳥肌ものの経験だったと言えます。
もしかしたら、昔タヒチやマルケサスからカヌーに乗ってハワイ諸島に移住してきたハワイアンの祖先も、島のあちこちで猛り狂う火山を見て恐れ、女神ペレの物語を創り上げたのかもしれませんね。そんな太古の神話世界を彷彿とさせるミステリアスな雰囲気に満ちた火山の島、ハワイ島。皆さんも一度、訪れてみてはいかがでしょうか?
(森出じゅん)
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