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Vince

「The Change Academy 2017」

投稿者: Vince
投稿日: 2017年08月12日
コメント: 3 Comments »

今年も無事にThe Change Academy(TCA)が終了しました。

 

今年は、岩手、宮城、福島、山口、長崎、宮崎から12人の高校生。

そしてオアフから5名の中・高校生が参加してくれました。

さらにこのプログラムの素敵なのが大人が多い。

東京の2つの企業からfacilitatorとして参加の2名。日本から大学生も2名、ハワイも大学生が2名Chaperonesとして参加してくれました。

あと山口からは引率として、2名を引き連れて来てくれました。

大所帯!

■関連記事/次世代リーダーを育成する、「ザ・チェンジ・アカデミー」大成功!

今年のTCAは、カウアイ島の山の上のコケエから始まり、オアフ島のノースショア、ビッグアイランドのキラウェア、最後にまたオアフに戻ってという時間でした。

今年のTCAはまた去年とも違って、でもまた学びの多い時間を一緒に過ごすことができたと思います。

 

今回の自分的なハイライトって何かなって考える時間があったのですが、今年は何と言っても

「エネルギー」って言葉だったと思います。

 

ちょっとエピソードをハイライト的にその瞬間たちをご紹介。。。

 

オアフ島中心部にあるかつてハワイ王族たちの聖地で学びの地でもあったクーカニロコに到着。

TCA参加者たちは、この場所を守るクプナたちが準備してくれたキヘイと呼ばれる衣装を身にまとい、入り口のところまで歩いて行く。

前日にこの場所のことや歴史を教えてもらって、チャントや儀式を学んでいたので、赤茶土の道を歩きだすと、みんなの意識がどんどん高くなっていくのを感じました。

 

クプナたちが迎えに来てくれたところで少し説明をいただいて、通訳しようと一番前を歩いていた自分が後ろを向いたとき、みんなのものすごい、研ぎ澄まされたとてつもない「エネルギー」がすごい集中していて、なんだか長く細〜い糸のように1本になっているのを感じました。

みんな想いはそれぞれなんだけど、なんかみんなの足がしっかり大地についていて、その思いがなんか一体となったエネルギーで、なんだか怖いくらいもの不思議なすごい力を感じ取れました。

ビッグアイランド滞在の最終日。

みんな次の日のプレゼン準備で夜遅くまでがんばっていて、みんなひと段落して気づけば時間は夜中の2時半。

もう目は半分閉じてて寝ようかなと思った瞬間に、隣でトラベルエージェントの高橋さんが「山火事かも!」と焦って外に出て行きます。

そのとき部屋であと一人だけ起きていた参加者のShoyaも連れて3人で外へ。

 

ハワイ島の火山のハレマウマウからは夜になると、火口からでる蒸気に火があたって真っ赤に見えることはよくあります。

ただ、このときの蒸気の大きさは今までに見たことがないくらい半端なく大きいし、すごい勢いで上昇していました。

3人でもっと近くの芝生の広場まで足を運ぶと、その大きさと勢いに圧倒されて3人ただ立ち尽くすだけ。

 

セキュリティの人が通りがかって、もっと近くに行けば「展望スペースがあるよ」と教えてくれたので、フラッシュライトを持って3人でどんどん歩いて行きました。

20分くらいは歩いたのでしょうか。火口が一望できる場所にたどり着いた3人は更に棒立ち状態。蒸気の大きさと勢いに圧倒されて、次々に変わる蒸気が色々なかたちに見せてストーリーを語られているようでした。

しばらくして後ろを振り返れば、こちらは満点の星。これでもかってくらいの流れ星の数。

顔をパンチされるくらいの勢いでした。

気温は低いのでものすごく寒い、でも、それを忘れるくらい、しーんと3人でただただ眺めてました。ずっと見ていても全く飽きませんでした。

ここだけでも自然から飛び出てくる「エネルギー」の話にはなるんだけど、ハイライトはShoyaの言った一言でした。

「ペレとかの話、こういうもの見てしまうと本当なんだなって思いました。」

今回は参加者の中ではShoyaだけが見れたわけだけど、「あ、プログラム作ってて、こういう瞬間があったらいいなって思ってから、続けてるんだな」って思えて、きっとみんなにとって色々な場面で「はっ!」って思う瞬間があって、自分の中で何かページが変わる瞬間ってあるんだろうし、勝手ながらその「はっ!」のエネルギーをまじかで横で感じてしまっちゃったわけでした(本人はそう思ってないかもしれないけど。。。)。

 

30分くらいいたのかなーと思って時計を見ると4時半。。。

2時間も寒い中ずっと立ってたわけです。(で、起床6時。。。)

 

 

話は前後しますが、その前日、友人のロミロミの師匠のおうちにお邪魔させてもらいました。自然の多い素敵なおうちです。

ロミロミの説明を自分がきちんとできるかはわからないけれど、単なるマッサージっていうわけではなくて、体・心・精神みたいなものすべてバランスを持ってヒーリングするというハワイ古来の考え方、やり方。

みんな日本では、受験だ、部活だ、恋だ、なんなんだ〜。。。と、毎日追い込まれているような生活だと思うし、

さらに、ただでさえ忙しいそんななかに、ハワイにきて『「チェンジプロジェクト」やれだと〜。。。』と、だろうからこそ、

きっちり自分をケアすること。自分を大切にすること。自分の中にあるもの・周りにあるものすべてでバランスを取ることを、それにじっくり時間を取ることを忘れて欲しくないなと思い、今回はクムに時間を取ってもらいました。

 

クムのワークショップでは、自分のエネルギーをコントロールさせる練習をしました。

そして自然、自分のまわりにあるものからエネルギーを受け取る、そして自分からも発する。。。エネルギーのある自然の中にいることはどういうことかを考えさせられました。

自分の持っているエネルギーをどう使うべきかも考えさせられました。

最後に自分の思う気持ちをプロジェクト(投射)するエキササイズをしました。

このプログラムが終わって何かを学んだ自分、3年後になにかで成功している自分、人生のなかで幸せを感じられている自分。

すべては自分のなかでコントロールできるもの。

個人的にはこのワークショップが一番のヒットでした。

大学院に入ってから、「かたちあるもの」から「かたちのないもの」に考ることの集中が大きくなりました。

アメリカでは911も間接的ですが影響を受けてものの考えが本当に変わりました。

ハワイに戻って来て東日本大震災がありました。傷ついてでも立ち上がろうとするパワーだったり、思いを言葉にして伝える努力だったりを学ばせてもらいました。

博士課程では、アイヌの人たちやハワイアン、世界の先住民族の人たちと出会う機会が増え、彼らの想いや願い、のぞみとかがんばりを感じさせてもらいました。

「祈り」とか「願い」とか「想い」って、かたちにして書いたりできないけど、なんでみんなはそこをよく語るんだろうっていつも考えてました。

 

ハワイにいると、ここの人たちは本当によくハグとか気持ちの交換をすると思います。

なんか今年のTCAのみんなの絆とか、参加者それぞれのストーリーだとか、夢だとか、日常の苦しみだとか悔しさだとかを見たり聞いたり感じたりして、

自分も含め誰だって、完璧じゃなくて、もしかしたらすんごく不器用に中途半端な状態なのかもしれないし、かたちとしてはかっこ悪いものかもだけど、なんか人とか自然とかものが発する「エネルギー」って、そういう状態自体が、なんか存在そのものというか、ちょっと哲学的に聞こえちゃいますが、

なんかその「エネルギー」感じちゃうと、それは「それでいいじゃん〜」って気にさせてくれます。ハグして心許す人からの「エネルギー」を感じちゃうと、なんかその完璧じゃない状態でもなんか満タンにさせてくれる感じがするんです。

"Aloha"の感覚、意味がようやく垣間見れた気がしました。

 

自分が意識さえちゃんと持てれば悪いかもしれないものも、なんか綺麗なもの、いいもの、素敵じゃんってProject(投射)できるんだなって思うし、

こういう感覚を覚え出すと、よく言われる生きてるものから出てる「オーラ」みたいなものが本当にすんなりきました。

TCAが終わって自分に与えた課題の一つとして、目をつむって、2週間あった出来事とか、思い出せるだけ話した内容とか、みんなの顔の表情とか、目とか、匂いとか、感触とか、その時の気持ちをもう一回思い出してみようってやってみました。

何回かそのまま寝てしまって失敗に終わったんだけど、

目を閉じて思い出すたびに、また新しい発見があったり、「あ、あの時こういう気持ちだったのかな」「この時こう言えばよかったのかな」なんて、同じ経験を2度3度と満喫できた感もありました。

その度に湧き出る「エネルギー」をまた感じれたし、なんだかこの「エネルギー」、すべて自分の意識次第なんですよね。そこらでわんさか出てくるようになって来ました。

ちょっとコントロールができるようになって来た気もしてきました。

昔、中学の頃に「覚せい剤はしてはいけません!」ってビデオみさせられたときに、妄想で手とか目からビーム出してたシーンがあったんだけど、なんかそんな状態になってきました(笑)。

 

ん、なんか怪しい終わり方になったな。。。ま、いいか。

「来年もがんばるぞ〜」と行きたいところなのですが、まだみんなの、すべての「エネルギー」の余韻にひたらせていただきます。

 

Me ke aloha!

 

 

 

6月17日からの1週間、ハワイでは半世紀に一回あるかないかの歴史的な大きなイベントが行われていました。

3年の月日をかけて世界を廻っていた航海カヌーのホクレア号がハワイに戻ってきたのでした。

マジックアイランドで、ハワイの他の離島のカヌーや、太平洋、ミクロネシアからのカヌーも同時に到着して、大きなホームカミングイベントがありました。

 

エンジンを持たず、GPSやコンパスといった現代航海の必需品を使うことなく、風と人の力、星や太陽、波、雲などの自然を観察することなどの伝統航海技術を使ったホクレア号は、「マーラマ・ホヌア(地球・大地を守る、大切にする)」というテーマのもと、25以上の国や地域、80を超える港に寄港して無事にハワイに戻ってきました。

関わったクルーの数も300以上と聞いていますし、この壮大なイベントに関わった人たちは1000人以上とも言われています。

 

土曜日のマジックアイランドのイベントには多くの人が集まり、無事の生還をお祝いしました。

日曜日から火曜日までは、コンベンションセンターで「マーラマ・ホヌア」をテーマにしたイベント/サミットも行われ、木曜日には、ホクレア号の生まれた場所でもあるクアロアパークにて、クロージングセレモニーが行われました。
■関連記事/【ホクレア帰還】世界一周航海中のホクレア号が帰港

 

僕は、10年前のホクレア号のミクロネシア・日本航海の時から、ポリネシア航海協会のお手伝いをさせていただいたり、カウアイ島の姉妹カヌー「ナマホエ号」建造のお手伝い、また日本からやってくる訓練船(日本丸や銀河丸)がハワイにきた際のポリネシア航海協会との交流などに関わっていたり、2015年にハワイのカヌー協会の、姉妹(孫という話も?)団体である日本航海協会のお手伝いもしていることから、今回の一連のイベントにも参加させてもらいました。

 

【サミット会場でこんな写真も見つけました!10年前に参加した国立イーストウェストセンターのプログラムの写真です。これがきっかけでポリネシア航海協会と関わることになりました。】

 

いまでも興奮冷めやらぬ中。。。というか、興奮しすぎて知恵熱は出るは、声は枯れるは、飲まれ込まれまくって、2週間経ったいまでもまだ完全にプロセスできない状態でいます。

航海関係者の中では、知識も経験もなければ、ぺぇぺぇ同然ながらも、このものすごい場所にいれて、このすごい時を目撃できていることにすら夢に感じている状態でした。

ただそんな興奮も冷めやまない状態ながら、色々なスピーチやお話を聞く中で、

自分の過去10年の関わりやつながりやその感情を思い直して、これから次の10年をビジョンする時間も持てたのかとおもいます。

 

そんな中でいくつか頭に強烈に残っていることを、自分の記録用がてら書きためたいとおもいます。

 

「リーダーだけが、リーダーシップを取るわけではない。」

多くのベテランクルーたちが言っていたこと。

こんなとてつもない壮大なプロジェクトには、多くの手が必要でした。

僕も日本航海協会の代表がホクレア号のインド洋航海に乗船する際は、ポリネシア航海協会との連絡の間に入ることも多く、コーディネーター・スタッフ陣の大変さは痛いほど伝わりました。

そういう一人一人の関わる人たちこそが、それぞれでリーダーシップを取らないといけなかったのです。

「リーダー」と呼ばれる人たちはただでさえこなさなければならないことも多い中、スタッフ陣やボランティアの人こそが、カヌーに乗る乗らないに関わらず、一人一人が自分の役割を認識して率先して行動することが必要だったと思います。

未確定な情報が散乱するなか、そういった人たちの活躍が本当に目立ちました。

リーダーシップにも色々なスタイルはありますし、自分の強みを知っておくことは大切だなと思いました。

 

 

「『やれる可能性』があるなら、リスクに躊躇するよりも、次につながる可能性を試すプッシュが大切。」

これは、ポリネシア航海協会の代表であるナイノア・トンプソン氏がなんども口にしていたことです。

「やらないで後悔するよりは、やって反省して次に進め。最低でも一歩は出せる」ということでしょうか。「リーダー」として難しい判断を試されるのでしょう、彼自身も失敗はあったと言いますが、それでも、きっと経験や年数を積めば自分の直感さえも鍛えられます。そう言ったものを信じる力、それよりも「次につながる」というオプションを選ぶ勇気を強調していました。

 

 

 

「先代からの知識は、長年通用しているものなのだから必ず正しい。

だから、自分たちの課題は過去に戻ってその知識に触れて学び得て、次世代のために一歩でも二歩でも先に進むこと、それが責務。」

未来のことを考えるのであれば、必ず過去に戻りなさい。ハワイに住んでから色々な人、コミュニティで聞く言葉です。

 

どんなに現代のテクノロジーや論理や理論などが進んだとしても、地域で伝わる知識、常識というものは、過去長い年月を経て出来上がったものだから、否定することは決してできないはずです。

今の教育制度は、学ぶの中心が「今」であったり、「自分」という「一点」であったりするわけで、「先代からの知識や知恵」を「現在の今、その場所にあてはめてみて」、それがどう「未来・次世代につながるか、そしてどう形になるか」というつながるラインがなければ、きっと持続可能なものとしては成り立たないでしょう。

過去に戻ることで自分のルーツにもつながり、それが未来へと続く、そしてそれがそのコミュニテイにとって特別であれば、長い時空ラインのなかでも「自分の存在価値」というのがそこにみいだせるわけです。

 

 

「自分の世代で結果が出ることを求めるのが最重要でなくていい、自分の行ったことでそれが将来的に結果につながればそれが本望。

旅に出て出会って、次世代へギフトを持って来る」

時空ラインの話につながることかもしれません。

「成功」の定義が、もし目先の利益を得ることだったり、自分の名声のためだったりしたら、長い時間のなかではほんの一部ないっときなご褒美なだけです。

そういうものは長続きしません。

多くの先住民族の人たちが言うように、先の代、未来の世代2−3世代まで影響があるものづくり、考え方というのが、大切です。

今回戻って着たホクレア号は、これからハワイの島々を巡ります。

自分たちが見てきたもの、学んできたもの、Moʻolelo(ストーリー)を地元の人たち、次の世代にきちんとシェアしていく重要性を教えてくれます。

 

今後、ホクレア号は日本、韓国、中国、フィリピンの旅に出て、「Respect the Pacific」のお願いの旅に出ると言うプランの話も出ています。

この10年、日本は多く関わってきています。日本の役割もとても大きくなったはずですし、きっと多くの期待も寄せられると思います。

その時に、「ハワイ、パシフィック、世界はこうなんだね。日本はこうなんだよ。」

「日本にも、日本の各地域でも、こんなにすごい知識があって、こういうところ学んでほしいよ」って言える準備をする必要があるんじゃないかなと思ってます。

 

この数週間、なんか歴史が動いた瞬間というか、未来の教科書に載ってるところに、自分がいれたのかなと思うことが多々ありました。

大げさかもしれないですが、そんな歴史の1ページから未来の道作りに対して小さな貢献でさえできるのならば、人生の意義ってそこにあるんだなーと勝手ながらに自己満足した時間を過ごしていました。

 

体調が2週間くらい悪いままなのですが、

ハワイの方々に、「それは時間をかけて次のチャプターにいくために、ゆっくりとプロセスしている時期なんだよ。」

無理にあせってはだめって言われました。ここは「時間」に対する考え方のレッスンなんですよね。

まだまだがんばっちゃいそうです。

助走がまた始まった感じです。

 

 
Vince

「日本丸ー30+年ぶりにカウアイ島に寄港」

投稿者: Vince
投稿日: 2017年01月10日
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週末に、カウアイ島に行ってきました。

日本からの大型航海練習帆船、日本丸がなんと34年ぶりにカウアイ島に寄港することになりました。

日本の航海練習帆船日本丸や海王丸があるのですが、毎年オアフ島には研修で日本からハワイに来ています。

久しぶりにカウアイの海にやってくるということで、地元は本当に大盛り上がりでした。

■関連記事/ホクレア号が2017年6月マジックアイランドに帰港

金曜日にとても大きく美しい日本丸はカウアイのナヴィリヴィリハーバーに到着。

週末には、地元の方々が船を訪ね、土曜日にはカウアイコミュニティカレッジで、コミュニティの400人ほどの人が集まって歓迎ディナーが行われました。

地元の方々が研修生たちのディナーの「スポンサー」になったり、

日曜日には、日本丸の研修生たちが、カウアイのカヌー、ナマホエ号を訪問したりと、カウアイの地元の方たちとの交流もありました。

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実は今回、カウアイに寄港するためには、コミュニティの方々の多大なる努力がありました。

かつての訓練船よりも船のサイズが大きくなっているらしく、停泊できる港の確保の調整や、法律も大きく変わったことで、滞在するために満たさなければならない条件が昔よりもはるかに多くきびしくなったそうで、すべてをクリアさせるために、地元の人達は様々なネットワークを駆使してなんとか今回のイベントとなったそうです。

 

元々日本丸がまたカウアイに立ち寄りたいという気持ちは色々なところでありました。

今回の日本丸の船長はホクレアのクルーでもあり、かつて富山高専の教師でもあったころにはカウアイコミュニティカレッジに学生を連れてきていて、カウアイのカヌー、ナマホエ号の作業も多くしたりと、カウアイにとてもゆかりがありました。

彼が船長をつとめる今回の日本丸でぜひカウアイに寄りたい、カウアイの人たちへの恩返しがしたい、かつて練習船がカウアイに寄っていた歴史をまた取り戻したいというところから話は始まりました。

 

実は自分も去年、カウアイコミュニティカレッジとの日本の大学向けの合同プログラムで、カウアイの古いプランテーション労働者の住居にお邪魔させてもらい、日系人の方にお話を伺う機会がありました。そこで、かつて日本丸や海王丸がカウアイに来ていた頃のお話をききました。「今でもホノルルに来ているから会いに行けば?」と言っても、その方は高齢で、オアフまで行くのも大変だと。

カウアイの日系コミュニティの人たちは、かつて船が着けば盛大なおもてなしをしていたそうで、日系の方たちにしてみれば両親、先祖の故郷からやってくる人たちと会える懐かしさ、楽しさがあった一大イベントだったと教えてもらいました。

 

そこで今回、日本丸、海王丸の思い出がある人達にもう一度船をみてもらいたいという目的もうまれました。

 

在ホノルル日本領事館の皆様にもご協力いただいたり、カウアイではプランニングコミッティも出来て、色々なタイミングが本当にうまくつながって、とてつもなく感動的な週末となりました。

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歓迎ディナーの際、隣に座られた方に、自分のおじいちゃんは昔海王丸の船長がカウアイに来た際にいつも食事に連れて行ったりしてたんだなんていう話を聞かせてもらいました。その日本からの船がまたカウアイに戻って自分の目でそれがみれるということで涙を流していました。

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今回日本丸がカウアイに寄港したことで、未来につながる灯火みたいなものがまた新たについたような気がしました。今こうやって飛行機で簡単に来れるハワイだけど、ここにいた日系1世の人たちはこういうふうに船でやってきたわけで、この地にくる日本から来る人達への受け入れだったり、おもてなしだったり、日本とカウアイ、日本とハワイの友情という言葉がディナーのスピーチでも本当に多く聞かれました。これに関してはまだまだ書き足りないのですが。。。これくらいに。

 

日本丸は月曜にカウアイを発ち、ホノルルに火曜日に到着する予定です。

今回はアロハタワーの逆側のピアに土曜日まで滞在予定です。

ぜひNimitz Highwayをドライブされる際は美しい白い帆船が見てみてください!

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