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ハワイ歩き方事務局
人気連載「フラ講義」

第28回 ダンサー間の年齢差&東海岸公演旅行日誌その3

投稿者: ハワイ歩き方事務局 更新日:2001年04月05日

ダンサー間の年齢差&東海岸公演旅行日誌その3


私達ハラウの特徴の一つにダンサー間の年齢差が挙げられます。大会に出場するダンサーにも同じことが言えます。つまり、参加可能な最年少の14歳の子もいれば、経験を積んでいる44歳の女性もいるのです。親子ほど年齢の異なる人たちが、息を合わせて同じ振り付けを踊るのは、体力的にも精神的にも協力と忍耐が必要です。また、親や祖父母として家庭でも重要な役割を担っている人達と、学業以外にも大切な課外活動がある学生達とでは、時間的にも経済的にも許容範囲が異なります。

他のハラウの中には「大会に出場するダンサーはこの年齢からこの年齢まで」と決めているところもあるそうです。私は「学生プラス主婦」と「会社員プラス主婦」の両方を体験したので、立場の違う人たちがお互いを尊重しあって協調する難しさを実感しました。それでも、ハラウという大家族の中で若者達の間に年長者を敬う心が、また年長者達の間に若者達を育む余裕が生まれることを期待して、クムはあえて年齢差のあるグループを作ります。

●カメハメハ大会番外編
今回私の所属するハラウから大会に参加した日本人は6人、日本でフラを習っていた人も、ハワイの他のハラウから移って来た人も、はたまた私と同じようにこのハラウで初めてフラを習い始めた人もいます。その中の4人に意見を聞きましたので要約してご紹介します。異なる文化背景を持っていても、練習やキャンプを通してフラの本質を学び、アロハスピリットを実感できたようで、私も自分のことのように嬉しくなりました。

(問)何故、大会に参加しようと思いましたか?
(答)練習に参加したかったから。ハラウの15周年だから。自分を試したかったから。
(問)練習の中で何に困難を感じ、どのように克服しましたか?
(答)言葉(英語)の壁。練習の厳しさ。クムの要求すべてに答えられていないこと。辛い思いをするのは仲間も同じと悟った。練習あるのみ。周囲の人々に助けられた。
(問)フラを通して何を学びましたか?どのように生かしますか?
(答)自然や神に対しての考えかた。踊りだけでなく、ハワイの自然、言葉、歴史。人間の魂。人の強さ、優しさ、忍耐力。人に対しておだやかに、優しくなりたい。

(Kawailani)

東海岸公演旅行日誌その3
団体旅行にはつきものですが、部屋割りは必ずといってよいほど苦情が出るものです。出発前、会計役の私はフラシスター達からの質問攻めに遭いましたが、「知らない、聞いてない」の一点張りで白を切ることにしました。家族が同行していない若者達は各々大人のいる部屋に入りました。クムの狙いとしては、私達大人がルームメートの保護者となりお目付け役となるわけです。ですから、私達のニューヨークでの部屋は、30代が二人、20代が一人、そして10代が一人という組み合わせになりました。母親役に睨まれているせいか、ティーンのルームメートは規律を守るよい子になりました。

第5日目(ニューヨーク)
午前8時
今朝も、昨日と同じベーカリーで朝食を買った。本当は別のベーカリーに行ってみる予定だったけど、私達が食べている食事を見た別の部屋の人達が行きたがるのでつきあうはめになった。

午前9時45分
アラカイの部屋に集まり、衣装、髪形、髪飾り、レイの確認などをした。踊る曲により使うものが異なるため、手順良く行わないと間に合わない。特に私は早変わり(1曲の間に衣装、髪形、髪飾り、レイを替える)グループに入っているので不安いっぱいだ。本番さながらにテープレコーダーで曲をかけて着替えの練習をした。その後、部屋に戻り、衣装のアイロンかけの仕上げに入った。

午前10時
プレ。本番に向けて準備が滞りなくすむように祈った。

午後1時半
ハワイから空輸した花が届いたので、クムの部屋に入りきらない人たちは廊下に座り込んで全員でレイを作った。

午後4時半
カーネギーの通り向かいにあるカミホールでリハーサルが開始された。スピンの多いアウアナの練習をしている時、左膝に激痛が走り思わず座り込んでしまった。持病の関節炎が悪化したらしい。氷で冷やしながらなんとか練習を終了した。

午後9時
冷たい雨の降る屋外に出ると、雹(ひょう)が通りに散らばっていた。夕食を買って帰った。

午後11時半
部屋に戻り、熱を出して病気になったルームメートを眠らせるため、他の部屋に移って夕食を食べた。

深夜1時
シャワーを浴びて髪を三つ編みにした。全員が同じ髪型にならなくてはいけないので、ショーの前は必ず編みこんでウェーブを作る。私の髪は健康過ぎるのか、一晩かけて作ったウェーブも2時間しかもたないので、1ヶ月前にパーマをかけておいた。これは大正解。持ちがよくなって余計な神経を使わずにすんだ。また、全員が長い爪をつけなくてはいけないので、出発1週間前に生まれて初めてネイルサロンなるものに足を運んだ。醜いつめがきれいになってとても嬉しいけれど、慣れない爪でキーボードも叩けず、ボタンもかけられないし、ネックレスもつけられず、コンタクトレンズはいくつも穴を開けて台なしにしてしまった。日常生活に支障が生じたので何度も爪を取ってしまいたい衝動にかられた。

深夜2時
やっと就寝。明日は長い一日になる。

第6日目(ニューヨーク)
午前6時
ついに公演当日がやってきた。順番にシャワーを浴びて朝食に出かけた。

午前8時半
プレ。公演の成功を祈る。前売りチケットは1500枚以上売れた。

午前10時
カーネギーホールに衣装を運んで楽屋のセットアップ。ステージ近くの楽屋は使用できないため、早代わりが必要とされる私達は舞台袖で着替えることになった。早変わりの衣装と花を用意しながら、使えない長い爪を見てため息をついた。

午後1時
昼食、中断なしのステージリハーサルが始まった。舞台は予想より小さいけれど歴史を感じた。大会には何度も出ていても、劇場の舞台に立つ経験が少ない人達の中には、照明が眩しい舞台から暗い客席を見ただけで頭が真っ白になる人達もいる。出番でもないのに舞台に出ていきそうになるフラシスター達を袖口に引き戻すのに苦労した。幸い、私は小さい頃から舞台度胸がついているので、緊張こそすれ舞台に立つとわくわくする。舞台袖から眺める観客席は装飾が施されていてとても素晴しい。

午後5時
予定時刻を大幅に越えて終了。開演まで1時間しかないので、シャワーを浴びる時間がなくなった。病気のルームメートの子の荷物を手に抱えタイヤ付きのキャリーオンを引きながら急いでホテルに戻り化粧をして出直した。

午後7時半
着替える順番通りに衣装を床に敷いた。クーラーボックスからマイレのレイとパラパラエのクペエ(手足に着けるレイ)を取り出し、一人一人のサイズを計りながら分配する。空輸してきた間に痛んだのか、途中で切れたり、サイズが足りなかったりするレイが続出した。リハーサル中にステージ袖に置いておいた私の花もなくなってしまった。

チケットを手配してくれた京子さんとヨーコ・オノさんからのブーケ

午後8時
気持ちを整理する間もなく、開演のベルが鳴った。2000席のチケットは完売し、客席はすでにほぼ満席状態だ。舞台袖でクムのスピーチを聞いていると、徐々に心が落ち着いてきた。オリ、メレ、フラ、チャント、ダンス、歌、喝采…

午後11時
公演が終了した頃、楽屋にヨーコ・オノさんから花束が届いていた。見たこともないくらい大きくて素敵なブーケは薄い紫色で統一されていた。

各部屋で撮影会。踊りに使ったポーズを取って

午後11時半
公演終了後30分以内にホールを出ないと追加料金をチャージされると聞いていたので、感激に浸っている時間もなく慌てて着替えて荷物をまとめた。大きな花束はずっしりと両手に重いので、フラシスター達が荷物運びを手伝ってくれた。

深夜0時
ホテルの部屋に荷物を置いて、クムの部屋へ向かった。終わった、終わった、バンザ?イ!!部屋で先に休んでいるルームメートにケータリングの食事を運んだ。空が白く明けて来た頃、やっとベッドに入った。

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