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ハワイ歩き方事務局
人気連載「ハワイで直撃インタビュー」

第40回 映画「わが母の記」原田眞人監督

投稿者: ハワイ歩き方事務局 更新日:2012年05月16日

オーラあふれる素敵な人々をじっくりインタビューするこのコーナー。今回のゲストは4月28日(土)に公開された役所広司さん主演の感動作「わが母の記」の原田眞人監督です。

ハワイで直撃インタビュー  第40回 映画「わが母の記」原田眞人監督

 

ハワイ桜まつりの女王エリン・モリモトさん

役所広司さん、樹木希林さん、宮崎あおいさんといった豪華なキャスティングで話題の映画「わが母の記」。原作は日本が誇る文豪井上靖氏、そして脚本と監督を務めたのは、井上靖氏と同じく静岡県沼津市出身で日本を代表する監督の一人でもある原田眞人氏。 昨年10月に開催されたハワイ国際映画界での上映の際には、すべてのチケットが完売という大人気ぶりでした。その上映会と、閉幕記者会見のためにハワイ入りした原田監督にインタビューしました。

実はこの日の朝にハワイに着いたばかりでとてもお疲れのはずの原田監督でしたが、原作との出会いから、映画製作を目指す人たちへのアドバイスなどとても深いお話を聞くことができました。ビデオ映像と併せてお楽しみください。

編集部カナ(以下カナ): このたびは、井上靖氏の自伝的小説を映画化されていますが、原作に出会ったのはいつ頃ですか?

原田監督(以下監督):7,8年ほど前だったと思います。若い頃は、(井上氏が)郷里の大文豪ということで、多少反発を覚えて、井上作品は読んでいなかったのだけど、50才を過ぎてから故郷回帰みたいなのがあり、また、大学で後々教えるにあたり、井上作品は読んでおかなくてはいけないだろうと思い始めたのです。

カナ:数ある井上作品の中から「わが母の記」を選ばれたのはなぜですか?

監督:本当は(井上作品の中で)一番最初に読んだ「しろばんば」にものすごく感動して、それを映画化したかったのです。ただ、舞台が大正時代なので、草競馬のシーンなども含め、「これは今の日本では無理だろう」と思いました。ちょうどその頃(大村大臣役で出演していた)「ラストサムライ」の撮影がニュージーランドで行われていて、風景を見ながら「もしもしろばんばの大正時代の風景を撮るならニュージーランドで撮るしかないな。20億円かかるだろうな」と考えていて、20億円かけて大作を作る前にその入り口として何かないかと探していたときに「わが母の記」に出会ったのです。

この作品には「しろばんば」の魅力でもある主人公の洪作少年(井上氏自身がモデル)と、その母親、そして彼を育ててくれた田舎のおぬい婆ちゃんの三角関係が隠されているのです。井上氏が50才を過ぎて、どんどん記憶を失くしていく自分の母親の様子を記録した自伝的な小説なのですが、僕の医者の友達に言わせると、「認知症」という言葉がなかった当時、これだけ認知症のケースをケーススタディ(事例研究)として細かく見守った人は珍しいんじゃないかというくらいディテールに富んだ作品なのです。

カナ:本編の編集を担当したのは監督のご長男の遊人(ゆうじん)さんですが、遊人さんは監督にとってはどのような存在ですか?

監督:僕の創作上のパートナーとして欠かせることのできない存在ですね。役者としては、欠かせることのできる存在だったんだけど(笑)。 ある時、彼が仲間たちとやった舞台のドキュメンタリーのメイキングを作って、それを見てくれないかと持ってきたのを見てみると、とてもよい感性をしていたんだ。それで、「魍魎の匣(もうりょうのはこ)」、「伝染歌」、「クライマーズ・ハイ」の編集アシスタントをやらせたんだけど、今のコンピューター世代の子なので、(編集プログラムを)使いこなせるだけじゃなくて、早い! それに、僕の作品をずっと見てきているから、僕のクセも飲み込んでいるし、他の編集マンだと遠慮して言えないようなことも、彼は言えるしね。僕は、今は遊人は日本ではベストの編集マンだと思うので、逃げられないように捕まえていなきゃいけないなと思いますね(笑)。とりあえず、本当に理想の監督&編集パートナーですね。

カナ:編集にはどのくらいの時間がかかりましたか?

監督:僕らの編集スピードはとても速いんです。撮影中に大方、撮りながら繋いでいくという作業をやって、とりあえず「監督ラッシュ」(最初から最後まで 繋がったもの)は東日本大震災の最中にも関わらず、撮影が終わって3日目にはできていたのです(クランクアップは震災前日の3月10日)。そこから細かい直しを入れ、最終的には2週間後には完成していました。

カナ:2週間ですか? それはとても早いですね! ところで、監督自身、映画監督を志されたのはいつからですか?

監督:昔から映画が好きで、最初は自分に対する自信がなかったり、小学5年の頃から太っちゃったんで、いろんなコンプレックスがあり、「映画の事はやりたいけど、最初は評論家かな。それでいいや」って。それで、やっぱり作るほうに入りたいなって思ったときも、「最初は脚本家になれればいいや」って思って、高校生になってからだんだん「監督になりたい」というように少しずつ狙いが高くなっていったけど、僕の場合は(やりたいことは)常に映画だったんだ。

カナ:映画製作の道を目指す若者たちへのアドバイスをお願いします。

監督:とにかく映画というのはエモーション(感情)で、人間をどう描くかなので、人間の綻びに興味を持たなくてはいけない。ただ、今の日本の若い監督たちを見ていると、「クラシックを勉強していないんじゃないかな?」と思うね。僕にとっては映画界の巨匠は8人いるけど、やはり系統的に作品を見ていくということでは、今はDVDがいっぱい出ているし、DVDには特典映像が付いて、(出演者や製作者たちが)当時を振り返って話してくれたりしている。

僕の時代というのは、映画を学ぼうと思ったら、現場に行って監督にインタビューしたりとか、監督のセミナーに行っていろいろ聞いたり、実際の映画人の言葉を聞いていたから、本当はそれが理想なんだけど。今はDVDの特典映像である程度学べるので、古典の映画を系統的に観ることが大事。

イングマル・ベルイマンの「夏の夜は三たび微笑む」以降の作品や、エリア・カザンの「波止場」、「群集の中の一つの顔」、「荒れ狂う河」などは観ておかなくてはいけない。日本で入手困難なDVDも多いので、良い作品を学ぼうと思ったら、英語の勉強をして、海外から取り寄せて観るしか仕方がない。

日本の人は、日本に居て映画監督になろうと思ってはダメ。クラシックも正統的に学べないし、今の映画も学べない。そんな状況ではろくな作品ができない。 「クラシック」と言っても「クエンティン・タランティーノのこと?」と思ってしまう程度の若手監督が増えている。本当に正統的にハワード・ホークスやジョン・フォードなどの巨匠を学んだり、やはり先人たちの残した言葉を学ぶということが必要で、監督や映画人たちが残した様々な文献などを読めば刺激も発見もある。

とにかく過去の偉大な業績を残した人たちのそれらを受け継いでこれから未来に行くわけだから、学ばなくてはいけない。それが今の日本では根本的に欠けているんだよね。

カナ:ぜひ映画の世界を目指す人に参考にしてほしいですね。今日はお疲れのところどうもありがとうございました。これからのさらなるご活躍を期待しています。

(2011年10月取材、2012年5月更新)

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